「いらっしゃいませ。ワグナリアへようこそ」
お客さまを席に案内して、お水とおしぼりを出して、注文を取ったらそれをキッチンに伝える。
まえまではなんとも思わずにできてたのに、いまではすこしぎこちなく感じる。
「……3卓さま、カルボナーラとしょうが焼き定食、です」
「おう」
「………………………」
「……なまえ、?」
オーダーを伝えてさっさとホールに出ようとすると、なにを思ったのか潤さんに止められる。
「なん、ですか?」
「…おまえ、なんかあったか?」
「なんもないですけど」
「本当か?」
なにもないと言ってもなお聞いてくる潤さんに、心の中でため息をはく。
潤さんは私が課題を押し付けられたあの一件以来、過保護だ。私がちょっと言いにくそうにしたり、元気無かったりするとすごく心配してくる。
ちょっと前までなら潤さん心配しすぎですよーと軽く流せたのに、いまはそれがうまくできない。潤さんを好きになってしまった、いまでは。
「なまえちゃん、ちょっと疲れてるんじゃない?休憩してもいいのよ」
そして、トドメのこれだ。八千代さん。もとい、潤さんの好きな人。また潤さんに店長の事を話に来てたらしい。潤さんは好きな人から惚気話なんて聞きたくないけど好きな人のこと話してる女の人は綺麗で、それをそばで見ていたい気持ちもあって、結局いつも大人しく話を聞いてる、って相馬さんが言ってた。
本当だったら私の好きな人の好きな人なんだから嫌いになったりするんだろうけど、私は八千代さんのことを嫌いにはなれない。
「いえ、本当に大丈夫ですから。ありがとうございます」
「そう?でもつらくなったらいつでも言ってね。パフェ作ってあげるから」
「…じゃあ仕事に戻りますね」
「あら、私もお仕事しなきゃ。じゃあね、佐藤くん」
「あぁ。あんま店の材料勝手に使うなよ」
なんとか八千代さんと潤さんから離れてホールに戻ってお仕事する。
……八千代さんは、すごくいい人だ。いつもみんなを気づかってくれて、一緒にいると安心できる。しかもかわいい。うん。年上だけどかわいい人だと思う。
「…かなわないよなぁ」
「なににですか?」
「小鳥遊さん………」
休憩時間に机にうなだれていると、高校が終わったのか小鳥遊が出勤してきた。
「………いや、私の女子力というか、なんというか…」
「女子力?」
「……いや、べつにいまさら可愛くなりたいとかそんな図々しいことじゃなく、……勝ち目もなにも元から無いし…」
「? なんの話か俺にはわかりませんが、みょうじさんはたしかに歳ですがかわいいと思いますよ」
「ごほっごほっ」
「じゅ、潤さん!」
「おまえら、なんの話を…」
微妙なタイミングで休憩室に入ってきた潤さんは煙草の煙でむせているけど小鳥遊さんは気にせず続ける。
「だってみょうじさんも種島先輩ほどじゃないけど結構小さいじゃないですか」
「や、山田さんよりは背が高いつもりですが…!」
「あれは論外です」
「……………………」
バッサリと切られた山田さんは可哀想だけど、強い目で言う小鳥遊さんになにも言えない。そして潤さんはなんか少し挙動不審になりながら椅子に座っている。
あぁ、潤さんのこと好きになんてなりたくなかったな。こんなめんどくさい気持ちがなきゃ、いつも通り楽しくやれたのに。
コーヒーを飲みほしながらちらっと潤さんを見る。いままでぜんぜん意識してなかったけど、煙草をはさむ手が大きくて、ゴツゴツしてて妙にドキドキする。
……やばい。変態な視線だ、私。小鳥遊さんも行っちゃったし、私もそろそろ戻ろうかな。うん。潤さんと2人でいるのも微妙に気まずいし。
「じ、じゃあ私、戻りますね」
「なぁ、明日バイトの後ひまか?」
「!!…ま、まぁ。いつも通り」
「じゃあ出てる課題やらねェか?」
「わかり、ました」
「おう」
じゃあ私もどりますね、と言って、うるさい心臓を隠すように席を立つ。
了承しちゃったけど、だ、大丈夫だろうか。潤さんのこと好きになってからまだ一度も潤さんの部屋に行ってないし、潤さんも私の部屋に来てない。
いままでずっと友達でいたから急に好きになっちゃってどう接していいのかわからない。普通にしてればいいんだろうけど、それがうまくできない。
…明日、か。大丈夫かな…。不安だ………自分が。
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