最近、なまえの様子が変だ。

いつも適度に余裕な空気をまとってて、ゆったり楽しげな雰囲気をマイペースに崩さない奴なのに、ここ一週間は切羽詰まっていて余裕が無いのが傍目からも分かるほどだ。
バイトの後どんなに呑みに誘ってもごめんなさい、また今度、と悲しそうに言うだけでさっさと帰ってしまう。俺の部屋にも来ない。かと思ったら大学の図書館に数時間こもってなにか必死にすごい勢いで書いていたりバイトの休憩中も誰とも話さずに必死な表情で分厚い本を読み込む。


「…オニオングラタンスープとハンバーグセットお願いします……」


注文を伝えにくるときもふらふらしててそのままのおぼつかない足取りでまたホールに戻る。



「……みょうじさん、どうしたの?なんかやつれてない?」
「……………」



相馬も気づいたのか俺に探りを入れてきたけど俺だって知らないからなにも教えようもない。



「5卓のオムライスとサラダあがったぞ」
「あ、はい、」



なまえに声をかけると振り向いて向かってくるけどその足どりは頼りなく、あと少しでカウンターに着く、という所でがくり、となまえの膝が崩れた。



「!!」
「キャー!!!!なまえちゃんどうしたの!!???し、死んじゃ嫌だよ!!」


急いでキッチンから出てなまえの身体を支えて休憩室に運ぶ。種島の声を聞いて店の奴がぞろぞろとついてくるけど、そんなん気にしてる余裕は、俺には無い。

なまえは意識がないのかぐったりしてて、全体重をかけてきてるはずなのに妙に軽い。前は太ってたわけじゃないけどちゃんと健康的だった。なのにいまのこいつは前に触れた時の感触と比べて酷く頼りなく、細い。



「んっ、……あれ、…?」



ゆっくり椅子に降ろすと気がついたのか眩しそうに目を開いて集まった俺たちの顔を見る。



「みょうじ、具合悪いのか?帰って休め」
「ぁ、いえ、だいじょうぶ、です」
「大丈夫なわけねぇだろ。倒れたんだぞ」


店長にまだ働けます、と言うなまえを見ていられなくて思わず口を挟むと悔しそうになまえは唇を噛む。


「みょうじさん、隈もすごいし、とりあえず休憩だけでもすれば?」
「……休憩もらえるならちょっと本読みます」


相馬の出した妥協案に乗るかと思ったらどこからともなく分厚い本を出してきてまた読み出す。その表情は真剣で、必死で、隈に縁取られた眼にはなにか光を帯びていて。見ていられなくてキッチンに戻ってなまえの好きなチャーハンを作ってやる。
店の奴らも必死すぎるなまえになにも言えなくなったのか、心配しながらも静かに自分の仕事に戻りはじめる。

出来上がったチャーハンをスープと一緒に持って行ってやるとなまえは一瞬俺を見たけどまた直ぐ視線を落としてものすごい勢いでなにか紙に書く。
いつもなら顔中で笑って喜ぶのに。


「…おい、そのへんにしといてとりあえずこれ食え」
「区切りのいいとこまで終わったらいただきます」
「………いま食え」


頑なに作業を続けるなまえにイラっとして無理矢理本を閉じて皿を突き出すと力の無い瞳で見上げられる。


「邪魔しないでください」
「…おまえ、最近どうしたんだよ。まともに食ってもないだろ。隈もできてんぞ」
「…………ちょっと忙しいだけです。でも、もうすぐ終わるから」
「もうすぐって」
「5日、くらい」
「おまえ……」


もうすぐ終わりそうで5日って…。しかもこんなぎりぎりの生活をあと5日も続ける気だったのか。



「なにをそんなに必死にやってんだよ」
「…課題」
「なんの」
「……………………」



この要領のいいなまえがこれだけボロボロにならなきゃこなせない課題ってなんだ、と思って聞けばそれは俺も取っているけどほとんど行かない一限目の授業で驚く。


「課題あるなんて聞いてねぇけど」
「必須じゃないんですよ。なんかやるとサービス点くれるらしくて」
「で?おまえはその点が欲しいのか?」


俺の知る限りなまえは出席してるしテストだって持ち前の要領の良さでヤマをピタリと当てるから成績はいいはずだ。こんなに必死になる理由がわからない。


「私じゃ、ない」
「は?」
「…………………」
「………………………」
「…………………、はぁ」



黙って聞くな、と瞳で訴えてくるなまえをこっちも引かずに見返しているとなまえは折れたのか短く息を吐いて、視線を下に落としたまま話し出した。


「みょうじさんは頭いいからこんなの余裕だよね、頼むよ、って」
「? 押し付けられたのか??」
「……困りますって、言ったもん」
「それでなんでおまえがやってんだよ」
「……いつも他の奴の手伝ってんだから、たまには俺たちのもいいじゃん、………って」



悔しそうに唇を噛んで唸るようになまえは吐き出す。まさか、俺が部屋でのうのうと寝てた間にそんな事なまえに言った奴がいるなんて。なまえは一人実家から大学に来て、まだ友達は少ない。その場で庇ってくれる奴なんていなかっただろう。

しかもそいつらが言ったなまえがいつも手伝ってやってる奴ってのは、俺の事だ。確かに、俺もなまえに甘えてたのかもしれない。



「…潤さんは、違う」



俺が黙ってなにを考えてたのか分かったのかなまえははっきりとした声で俺の目を見てくる。
痩せて不健康そのものの身体のどこからこんな力強い声が出てくるのか不思議なほど、よく俺の頭に響く声。



「潤さんはあんな目で私の事を見なかった。あんな、便利な道具を見つけたような目は、潤さんはしない。私と潤さんはフェアだった」
「…でもいつもおまえの方が量やったし、やっぱり俺も…」
「潤さんは美味しいご飯を食べさせてくれたし、お話してくれた。…………楽しかったんです」



ここに来てはじめて、俺にとってなんでもない時間がまだあまり友達の多くないなまえにとってどれほど大切な時間だったか理解した。
それだから俺が便利だから、と部屋の鍵を渡した時もすぐなんの躊躇いもなく自分の部屋の鍵を俺にくれたんだろう。
俺の作った簡単な飯をおいしいおいしいと喜んで食ってたなまえは、本当に嬉しそうに笑っていた。


「私は、この課題をやり通します。不本意とはいえ一度 受け取ったから、終わらせる。………もしまた絡まれたら…」
「もし、なんて、ねぇよ」
「??」
「俺に考えがある。だから"次"なんてねぇ」
「………わかりました」
「それと、なんにもなんねぇかもしれないけど今日から俺も手伝う。俺が読んどくから、おまえは食え」


少し冷めてきたスープとチャーハンをなまえの方に押して、分厚い教材を開くとなまえはゆっくりゆっくり食べ始める。
何度も何度もありがとうございます、と繰り返しつぶやいていたけど、返事はしなかった。なまえの目から少しだけ水が落ちたような気がしたけど、それも見なかった事にして、ひたすら小難しい文章を読んで要点をまとめた。微々たるものかもしれないけど、少しでもこいつの助けになりたい。まったく、最初から俺に言ってくればよかったのに。……いや、でもこいつの性格からしてすぐ頼るとか無理そうだよな。俺がもっとはやく気づいてやればよかったと、いつも鈍い自分を恨んだ。





.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -