重信先輩。


そう星の小さな口がたどたどしく紡いだ時、柄にもなく、焦った。


星に名前を呼ばれた。ただそれだけの事が馬鹿みたいに嬉しくて、ガキみたいに高揚する気持ちをどうしていいのか分からなかった。



いままで他の誰に呼ばれてもなんとも思わなかったのに、星に、自分の好きな女に呼ばれるだけでこうも違うのものなのか。

それだけで自分の名前がものすごく価値のある、特別な物のような気がしてくるから不思議だ。



顔に血液が集まるのがわかって思わず右手で隠すと、言葉を発さない俺を心配したのか、星の小さな手が俺の左手にそっと、ふれてきた。

それは、ふれるかふれないかくらいのもどかしさすら感じる遠慮したさわり方で、その星らしいやりかたにまた胸が熱くなる。


北沢に触られた時とは大違いだ。
あの時は嫌悪しか感じなかったけど、星にふれられると愛おしさが溢れる。


北沢に触られて固くなっていた心が溶かされていくような、そんな感覚。


星と接触している左手が、熱い。


少し力を込めれば握りつぶしてしまいそうな星の手を、優しく包むと星は恥ずかしそうに俺を見る。


座っているからいつもより顔の位置が近くて、星を近く感じる。


畜生、かわいいじゃねぇか。
いままでずっと女子校にいたらしいけど、本当によかったと思う。
もし共学に行っていたら他の男が放っておかなかっただろ。
そうしたらきっとこいつは俺なんかよりもよっぽどいい奴を見つけて、そいつにこうしてこんなに愛らしい顔を見せたんだろう。

想像しただけで胸くそが悪い。

こいつの照れた顔も、抱きしめるとやわらかい身体も、キスして恥ずかしがる顔も、全部俺だけが知っていれば、それでいいんだ。



「…北沢のことだけどな、俺が明日話しとくから」

「あの、でも、私も少しでいいからお話したいんです…」



星が少しでも不安に思うことはなるべく早く消し去ってやりたい。
バスケにも集中できねぇしな。

こいつの性格上、なんだかこういう殺伐とした話し合いは苦手だろうから俺だけで済ませようと思って言うと、予想外の返事。



「私もちゃんと、お話したいんです。…だってこれは、私も関係、ありますから」



控えめだけど、しっかり意思を見せる。
そういうところが改めて好きだと思うのと同時に、星も俺と付き合っていることを本気で考えているんだと感じて嬉しくなる。



「それじゃ明日一緒に行くか?」

「でも、二人で行ったら北沢先輩、嫌な思いしちゃうかもしれないし、なんていうか、こう、威圧感、?を与えちゃえませんか…?」



自分は北沢から散々嫌な思いをさせられて、傷つけられたっていうのに、最後までそんな奴を気づかう、なんて。
だけど星と北沢を2人っきりで会わせるのは絶対に避けるべきだと思う。
また星が俺の知らないところで心に傷を負うなんて、俺が嫌だ。



「俺はおまえに北沢と二人で会って欲しくない。だからやっぱり行くなら一緒に行こう」

「わかり、ました。……私も、先輩と二人きりになってもらいたく、ありません……………」



素直に気持ちを伝えると、星は納得の意思を示したあと、爆弾を落とした。


照れたように、恥ずかしがりながらも伝えてきた小さな独占欲に喜びを感じるなんて、一体 俺はどこまでこいつにはまってるんだろう。



「星が心配することは、なんもねぇから」


大丈夫だ、と伝わるようにゆっくりと星を抱きしめると星もまだ少し戸惑いながら、俺の背中に腕をまわす。


俺たちの間にはまだ少しだけスペースがあるけど、これでいいんだと思う。

もし隙間もないほど抱きしめたら俺は抑えが効かなくなるだろうから。

いまは、これでいいんだ。星が安心できれば、それでいい。


空に光る星よりも、月よりも、俺は星が眩しい。



4, Dec 2011
24, Sep 2020
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