ぽきり、と折れて空から滑り落ちそうな月だな、と思った。



夏の攻撃的な暑さはいつのまにかなくなっている。
昨日は過ごしやすい気候だったけど、今日はなんだか急に冷え込んでいて、昼間のやわらかい暖かさは消えて長袖のシャツを着ているけどそれでもまだ少し寒いくらい。



はやく八熊先輩と話さなきゃ、とは思ったけど、その前にもう少しだけ自分の心を整理しようと思って、夕飯もお風呂も終わってから一人 体育館裏に座って空を見る。


星は見えないけど細い細い月が浮いていて、それをじっと見つめる。

薄く息を吐くと、それが白く染まって、ふわりと消えた。


昼間とは対照的に、なぜかすごく穏やかな気分だった。
それはきっと、鷹山くんがお話してくれたから。


そろそろ八熊先輩のところに行ってみようかな、でも寝ちゃったかな、今日はなんだかあんまり調子がよくなかったみたいだけど、大丈夫かな。

ぐるぐるとぼんやり考えていると、上から声と同時にパーカーが降ってきて、驚いて顔を上げる。



「こんなとこにいたのか。探したぜ」



私にパーカーをかけながら隣に座る八熊先輩。
今まさに会いに行こうと思っていた本人がいきなり目の前に現れて驚く。
っていうかもしかして先輩 私のこと探しててくれた、?携帯も部屋に置きっぱなしだし、私 迷惑…!



「あ、すいません、!先輩、上着…」

「いいから着てろって。そんな格好じゃ寒ぃだろ?」



慌ててかけてもらったパーカーを返そうとすると、またやさしく着せられる。

私のことを気遣ってくれるのは嬉しいけど、先輩はパーカーを着なかったら半袖だ。長袖を着ている私の方が、暖かいはず。



「私 大丈夫ですから、先輩、筋肉冷やしたらよくないですよ…!」



先輩の身体はバスケをする大切な身体なんだから、冷えたらいけない。
私のほうが絶対お肉ついてるし、脂肪のない先輩の方が寒いはず。



「星が着ねぇなら俺も着ねぇから。女は身体冷やすと良くねぇんだろ?」



そう言いながらわざわざチャックまであげてくれて、先輩の上着にすっぽり包まれる。


先輩のパーカーはすごく大きくて、指先すら出ないくらいだぼだぼだけど八熊先輩の匂いがしてくすぐったい気持ちになる。



「ありがとうございます…」



おう、と短く返事をもらって、それからなんとなく会話が途切れてしまった。


相変わらず横切る風は冷たいけど、パーカーのおかげで心があたたかい。



「…なぁ」



しばらくまた月をぼんやり見ていると、不意に八熊先輩に呼びかけられて、横を向く。



「これからすっげー変なこと聞くけど、…とりあえず答えてくれるか?」

「……はい、」



真剣な八熊先輩の表情に、なぜか昼間の北沢先輩の顔を思い出す。

私は、ただ耳を澄ますことしかできない。



「星、おまえ、俺のこと、………必要か?」




大きな風が、私の心を冷やした。



27, Nov 2011
24, Sep 2020
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