定期的に行われる夜会。
俺の意思なんて関係なく出席しないという選択肢は無い。
ずっとずっと昔から変わらない退屈な時間。
見知った顔と代わり映えのない会話。
ただただ時間が流れるのをじっと待つ。たまに話しかけてくる奴らはいるけど誰も俺の事は見ていない。“架院”の名前と、それの持つコネクションを目的としたものでしかない。
そうとは知っていても適当にあしらうなんてこともちろん出来るわけもなく、当たり障りのないように会話を楽しんでいるふりをする。
ちょうど人の波が途切れたところでメイン会場をそっと抜け出す。
夜明けまであと数時間、か。夜が明ければこの夜会も終わって、窮屈なネクタイも外せる。
ふらふらあてもなく人のいないところを探して歩いているとひとつのテラスに続く窓が開いてるのを見つけて、出ていく。
空をゆっくり見上げると夜の色でどっぷり染まっている。夜明け前が一番暗いんだよな。
星も見えない空に嫌気がさして視線を下に戻すと、思わず声を出しそうになった。
テラスの端になぜか椅子がひとつ置いてあって、そこに女が座っている。…気付かなかった。っていうかあの椅子、絶対勝手に持ってきたやつだろ。
ただじっと座っている女は俺の存在に気づいているはずなのになにも声をかけてこない。見ない顔だな。
誰もいないところに来たかったのに、先客がいたとは。
別の場所を探そう、と踵を返しかけて違和感に気づく。…この女。
「おまえ、人間か」
近づいて、声をかけると女は座ったまま緩慢な動作で俺を見る。
この女、吸血鬼の気配が、しない。でもなんで人間の女がここにいるんだ。入れないはずだし、こんな時間まで無事でいられたのが不思議だ。
「…ほぼ」
「?」
「すごく、すごく血が薄いの」
…なるほど。確かに注意深く探ってみれば、ごく僅かだけど吸血鬼特有の匂いがする。だけどこの会場の吸血鬼達の気配に紛れてほとんど感じられない。たしかに「ほぼ」人間だ。もう吸血鬼よりも人間側の血のほうが濃いんだろう。
そんな奴がどうしてこの夜会にいるんだろう。今夜出席してるのはある程度地位のある家系ばかりだというのに。
「…私は一人娘でね。今夜、いいところの人と“お知り合い”にならないとそろそろ困るんだって」
「成程な」
政略結婚なんてめずらしいことじゃない。
しかももう血も薄くなってしまった家系にとっては何がなんでも血の濃い家との結びつきが欲しいんだろう。
「じゃあなんでこんなところにいるんだよ。“知り合い”を作らなくていいのか?」
「私はもうほぼ吸血鬼じゃないから綺麗じゃないし、上手に笑えるわけでもないから誰にも好かれないんだよ。“知り合い”になってくれる人なんて、いない」
なんだか、もう疲れたの。なんで人間じゃだめなんだろう。どうして吸血鬼の血に縋るんだろう、と視線を落として言うその姿は確かに吸血鬼特有の美しさは無いけど見た目が悪いってことでも、無い。どこか人間特有の魅力がある。
俺たち吸血鬼の容姿を「絹のように繊細な美しさ」と形容する奴がたまにいる。だけどそれに対してこの女の美しさは、いうなれば木綿。やわらかいコットンのような雰囲気と気取らない性格。これもこれで魅力のひとつだと思う。
「…おまえ、“架院”って家知ってるか」
「うん?知ってるよ。すっごい力のあるお家でしょ。今日来てるらしいね。どんな人なんだろう。私の家とは差がありすぎて想像もつかないよ」
「自分が結婚して、家系を守る覚悟はあるのか」
「……ある、よ。くだらないとは思うけど、ここまで育ててくれた両親の願いだもん。私になにか出来るならやりたい。まぁ大前提の相手がいないけどね」
「相手ならいるだろ」
「?いないよ。だってまだ誰とも“知り合えて”ないし」
「俺と知り合っただろう」
「、どういう…」
俺の言葉に微妙に警戒心を見せる女の座っている椅子のすぐ傍に片膝をついて、右手を胸にあてて軽く頭を下げると、女は慌てて立ち上がる。
「な、なにして、」
「自己紹介が遅れて申し訳ない。俺は架院暁。おまえの家を助けさせてくれないか?」
「!!…架院って、そんな、うそ…」
「…おまえの名前は?」
俺が“架院”だと知ってただひたすら驚いている女の手をそっと取って下から見上げると、眉が困ったように下がっていて可愛らしい。
「夢の、また夢…」
「また夢か。…それじゃあ会場に戻るか。ちょうど親父もいるしな」
「お、親に会ってどうする、の」
「政略結婚する覚悟はあるんだろ?それとも架院じゃ不満か?」
「そういうことじゃ、なくて、!だって、あ、あなたには何のメリットも…」
立ち上がった俺に戸惑ったように聞いてくるまた夢は小さくて、抱きしめたら柔らかそうだ。
「メリット、なぁ。お互いこんなことくだらないって思ってる同士、うまくやれると思わないか」
「!!」
いたずらに笑ってみせればまた夢は顔を赤くして小さく頷いた。こいつ、本当に可愛いな。他の奴らが相手にしなかったとか嘘だろ。どいつもこいつもめんどくさい家柄に囚われてるからまた夢の魅力に気付かなかったんだ。今日から少しだけ、俺の毎日も楽しくなりそうだ。