「うわー、英また女の子の味見して怒られたんだって?」

「げっ、また夢…。どっから聞いたんだ!」

「いや、みんな話してるよ。英のあほって」

「殺す…!」

「落ち着け、英。いまは大人しくしてた方がいいだろ」

「……あぁ」

「それにしてもまた今回も暁は見てただけ?血、吸いたくなったりしないの?」

「…まぁ英が自制きかな過ぎるのもあるけど、俺は特にあんまねぇな」

「こいつはちょっと変なんだよ!理性の塊っていうの?つまんない奴!」

「へー。吸血鬼にもいろいろいるんだね」




つい先日、長閑に話していたのが懐かしい。

ふて腐れる英の顔と、俺を見て安心しきった表情を見せるまた夢。


俺は今まで自分の自制はきくほうだと思っていたし、血への執着も他の奴らに比べて弱い方だと思っていた。
だけど、それは勘違いだったみたいだ。



「………暁、?…くるしいの?」



英が副寮長と遊びに出掛けていない頃、また夢がいつものように寮に遊びに来た。
普通科のこいつが月の寮に来ることはもはや周知の事実で誰もなにもいわない。

だから遊びに来たまではよかったんだ。問題は、そのまた夢から漂う、香り。




「どうしたの?大丈夫?」

「…おまえ、……脚、どう、した」



黙り込んで俯いている俺を心配そうに見上げるまた夢から、どうしようも無く甘く香る、血の、匂い。



「あぁ、これね。ちょっと転んじゃって」




靴下を下げると、傷口が露わになると同時に血の匂いが濃厚になる。

こいつは俺たち吸血鬼の住む寮によく傷作ったまま来たな…!


……駄目、だ。

血の匂いに魅かれる。
こんなこと始めてだ。いつもはこのくらいの血、どうってことなかったのに、どうしてかまた夢の血は、俺を惹き付ける。




「…っ、おまえ、今日は帰れ」

「どうして?遊ぼうよ」



俺の我慢と葛藤を知らないまた夢は残酷なまでに無邪気で、眩暈がする。


本当は今すぐその薄い皮膚を突き破って、また夢の血を貪りたい。

でも、また夢を恐がらせるわけにはいかない。
今日だけ、今だけ乗り切れば、なんとかなる。
だから、頼むから、



「帰って、くれ、…」

「…………………」



自分でもはっきり分かる掠れた声で言うと、また夢が椅子から立ち上がる気配がする。

よかった。これ、で、



「…!」

「あか、つき」



ほっと詰めていた息を吐き出すと、次の瞬間背中に温もりを感じる。



「っ、!」



後ろから、俺の腹に手を回しているのは他でもないまた夢で、また芳醇な血の香りに包まれる。



「また夢、離れてくれ…」

「やだ」

「また夢っ…!」



強情なまた夢に口調を荒げて言うと、また夢の腕に入る力が強くなる。

こいつは、俺がどんな極限の我慢をしてるか知りもしないで…!

どれだけぎりぎりのとこで保ってると思ってるんだ、本当に、これ以上また夢の血の匂いを嗅いだら、俺は、




「いいよ」




我慢の限界がすぐそこに見えて、奥歯を強く噛みしめると、また夢の声が部屋に響いて頭がフリーズする。

いい?なにがだ?こいつは、分かってんの、か?



「暁、血が、欲しいんでしょ、?」

「おまえ、」

「見た時すぐ、わかったよ」



だって暁の目、いつもと違ったもん、と呟くまた夢は、俺がずっと自分の血を狙っていたことを知っていた、のか。



「暁なら、いいよ」



それはあまりにも甘すぎる、言葉。
吸血鬼の本能を揺さぶって、理性を粉々に、砕く。



「っ、悪い、…」



自制もなにもかも訳が分からなくなって、また夢の細い体をベットに押し倒す。


「んっ、」


黒く濡れる髪の隙間から覗く、白く柔らかそうな首筋を、ゆっくり撫でるとくすぐったかったのか、また夢が微かに身じろぎする。



「また夢……」



名前を囁きながら、甘く香る首筋に顔を埋めて、ゆっくり、牙を立てる。


ぷっくり浮かんで来た赤く光る液体を舌の上で転がせば、いままで感じたことの無い幸福感と満足感に満たされる。


そして、俺はやっと理解した。
吸血鬼の性、血を求める相手。
こんなに狂おしく血を求める理由なんて、ひとつしかない。





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