遠い遠い、昔の記憶。

何歳だったかなんてもう覚えてない。それくらい幼かった私達。





「…ねぇ、キス、しようよ」

「きす?…ちゅーするの?」

「………うん」

「でもこどもはしちゃいけないんでしょ?あれはおとなのひとがするんだよ」

「そんなのかんけーないよ。キスは好きな人とするんだ。また夢はおれのこと、好きじゃない?」

「すきだよ。じゃあゆーきはゆーたともするの?」

「おれは男だから男の悠太とはしないよ」

「ふーん…?なんかむずかしいんだね、ちゅうって」

「別にむずかしくないよ。また夢は目をつぶってればいい」

「わかった」

「…………………………」



ちゅ


「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…これだけ?」

「うん」

「なんだ、かんたんだね、ちゅう」

「…みんなには秘密、ね」

「なんで?どうして?ゆーたともしてみたい」

「!ダメだって!!いいから誰にも言うなよ。あと誰ともしちゃダメ」

「うーん。わかった。じゃあゆーきもだれともしちゃだめだよ」

「しないよ。おれは、また夢とだけしたいから」

「えへへ、うれしいね」

「…そうだね」






思い出すと微笑ましいような、そんな小さなませた子供の誰もが持つ好奇心ゆえの行動。

祐希はもう覚えてないんだろうな。
私達がキスしたことも、約束したことも。

結局いままで彼氏なんてできなくて、祐希の言った「祐希意外とキスしない」って約束を守ってる事になるけど、もうあっちが覚えてないんだから守っていたって仕方ない。

だいたいあんなに小さな時のキスなんてキスに数えないだろうし。


だけど悔しいことに私は祐希が好き、だ。


昔は悠太も祐希も同じように好きだったのに、いつからか祐希が私の特別になっていた。
もしかしたらあのキスした記憶が私の心の奥深くに潜んでて、だんだんいつの間にか意識しちゃったのかもしれない。



「あーあ、いい年頃の学生がこんなにそろってんのにまだ誰も恋人もいなけりゃキスのひとつもまだなんて、笑えねぇよなー」

「っ、ごほ、!」

「大丈夫ですか、また夢ちゃん。どうかしました?」

「あ、いや、なんでもない」



ぼーっと昔の記憶をなぞっていれば、いま、まさに考えてたようなことを千鶴が言い出したから飲んでいたお茶をむせると春ちゃんが優しく背中を撫でてくれた。


…びっくりした。もしかして声に出しちゃってたのかと思って、焦った。


反射的に祐希の方をチラッと見ると、ちょうど目があって慌ててそらす。
いまの不自然じゃなかったかな。大丈夫かな。

内心どきどきしながらもお弁当を食べるのを再開すると、すこし間を置いてから祐希が声をあげる。


「…あ」

「ん?なになにどうしたのゆっきー」

「俺、キスしたことあった」

「!!???!」

「え、なにそれ聞いてないよお兄ちゃん」

「なッ!?おまえ、彼女いたのか?!!」

「ゆっきー1人だけ抜け駆けかちくしょー!相手は誰だ!言え!言うんだ!」

「祐希くん大人ですね…!」

「……ね、また夢」

「!!!」



みんながそれぞれ驚く中、私は心臓が止まりそうになる。

ね、また夢、って…!そんな、そんな同意を求める、みたいに言われたって私どうしていいのかわからない。
視線をあちこちさまよわせるけど、この屋上に隠れられるような場所は見当たらない。唯一の出入口も要が前に座ってるから逃げられそうにない。


そんな、祐希があのことを覚えてたなんて思ってもみなかった。
しかもそれをいまとなって口に出すなんて。あれは祐希からしてみればカウントしないと思ったのに。私だけ大切に記憶を取っておくつもりだったのに。




「ハァ!?おまえらまさか付き合って…?!」

「いつの間にンなことになってんだよー!言ってくれよー!また夢もゆっきーもひどい!」

「ち、ちがうよ!あれは、すごくちいさい時に一回だけで、!」

「もしかしてまた夢、あれはカウントしないとか思ってる?…ひどい。俺のこともてあそんだんだ」

「だって、あれは、その、……」



だんだん赤くなってくる頬を隠しきれない。
だって、祐希のこんないい方、まるで、……



「俺はいまだってあの約束は有効だと思ってるのに。また夢だけなのに」

「!!!」

「なんだよなんだよー!俺たちにも詳しく教えろよー!」




さらっと言われた言葉に、もうなにも言えなくなる。
千鶴がやかましくわめきたてて、悠太が静かに祐希に尋問してる。春ちゃんはこのがやがやした雰囲気が楽しいのかにこにこしてるし、要は訳がわからないというように混乱してる。



だんだん暖かくなってきた風は私の頬の火照りを冷ますのを手伝ってはくれなくて、私はただ赤い顔を隠すようにうつむくしかできない。


………私だって祐希だけだよ。




大人たちはそれをだめだというけれど、そんなこと子供のぼくらにはかんけいない。

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