完全に、油断をしていた。
最近過激派として名を上げ始めた奴らの拠点地を監察方の人達が突きとめて、今夜一斉に打ち取りに行った。
だけどその情報をどこからか聞きつけた他の浪士が、屯所が手薄ないまがチャンス、と攻め込んできた。
戦闘部隊は全員出払っていて、屯所にいる隊士の人数は片手で足りるほど。
相手の狙いは真選組という組織にダメージを与えるというよりも私達女中を手にかけて精神的に大きなダメージを与えると同時に世間的風評を落とすものだろう。
「幕府の犬に成り下がった真選組に、天誅を下さん!」
刀を構えた屋敷の中に入り込んで来る。
いまは頼れる人はいない。私が、しっかりしなきゃ。
「奥の部屋に速く、走って!」
女中仲間の皆を一番奥の部屋に誘導する。
「痛いっ!」
どん、鈍い音が聞こえて振り返れば、いつもなにかと私にちょっかい出してくる、恐らく沖田さんの事が好きな女の子が躓いて倒れている。
「もう無理ぃ!走れないー!」
畳で少し擦り切れたのか、肘に血が滲んでいる。
この子の我儘は日常茶飯事で、隊員の人達がいない所では平気で下の子に仕事を押し付けたり我儘言うけど、今は状況が状況だ。いつもは気にしないで我儘を聞いてあげてたけど今日はそういう訳にも行かない。
「死ぬのとどっちがいいの?速く、逃げて!」
「…私に命令しないでよね!覚えておきなさい!」
忌々しげに私を睨んで、他の女中さんと一緒に逃げて行く。
あぁ、もし今日を生き残れたとしてもまた明日から悪質な嫌がらせが待ってるんだろうなぁとも思うけど、もう一度沖田さんの顔が見たいから、やっぱり頑張らなきゃ。
「また夢ちゃん、あんたはどうするの?」
みんなが避難した部屋を外から盾を作って開かないようにしようとすると仲の良い年上のベテラン女中さんが心配そうに私を見てくる。
「私は、大丈夫です」
「ちょっと、また夢ちゃん!?」
心配させないように笑って無理矢理扉を閉めると、慌てたような声が聞こえてきて少し胸が痛むけど、もし私が戦うつもりだ、なんて知ったら絶対止めに来るから、教えられない。
「よし、」
小さく呟いて、刀に手をかける。
もともと私は真選組の隊員で腕もそこそこ認められていたのに、戦闘の最中大きな怪我を負った日を境に沖田さんが職務乱用して女中にさせられた。
みんなの留守を、守らなきゃ
こんなずるい手を使ってくる奴らに、真選組の評価これ以上下げさせてたまるか…!
「私が、相手になりますよ」
屯所に残ってた戦闘馴れしてない人達だけに任せておくわけにはいかない。私も、いまは女中だけど立派な真選組隊員なんだから。
私の存在に気づいて、振り返ろうとした男を、斬る。
久しぶりの人を、肉を斬る感触、飛び散る血の、匂い。
女だと思って油断していた浪士達が私に警戒し始めるけど、もう遅い。
遅いんだよ。
「調子に乗んなよっ、このアマがぁ!」
「っ、」
がむしゃらに、流れもなにも関係ない文字通り力任せに暴れ出した男の刀が腕に当たって、熱い、と思った瞬間には血が着物に滲んでいた。
「着物、新調すんのもお金かかるんですけど、!」
ちょっと頭に来て、剣を振るうとまた腕から血が吹き出る。
もう、少しのはず。
絶対沖田さん達が、真選組の誰かがこの事態を聞きつけて助けにきてくれる。
それまで、女中のみなさんを守りきれれば、それで、いい。
「手前ら、うちの屯所に手出すとはいい度胸じゃねぇか」
血が出過ぎたのか、腕の感覚が無くなって足元もふらついてきた頃、鬼の副長の声が聞こえて、それを合図に一気にみんながなだれ込んでくる。
これで、安心だ。
女中のみんなは無事かな、見に行かなきゃ。
奥の部屋に行く前に黒い上着を羽織る。
これで斬られたところは見えないから、よし、と。
「沖田さん!私、私、恐かった…!」
奥の部屋に行きつくと、先に到着していた沖田さんに、女中の女の子が抱きついているところだった。
「ここ、見てくださいよっ、腕、痛いんです…」
さっき転んで擦りむいた傷を沖田さんに見せながら涙目で訴える子は無視して、他の人の無事を確認する。
よかった、敵はここまで入ってこれなかったみたい。
真選組は、守れた。
安心感と達成感に包まれていると急に後ろから肩を掴まれてバランスを崩しそうになる。
いつもならなんてことないけど血が足りなくて腕が痛む今は辛い。
「……………」
「おきた、さん…」
腕の痛さに眉をひそめて振り返るとそこには今まで見たことないくらい不機嫌な顔をした沖田さんがいて、恐くて思わず声が震える。
「沖田さん、腕、痛いから治療してくださいよっ!」
私の肩を無言で掴む沖田さんに尚もシナを作って甘える女の子に見向きもしないで沖田さんは私の斬られてない方の腕を掴んで歩き出す。
「ちょっと、沖田さん、?」
女の子が後ろでわざとらしいほど大きな泣き声を上げているのが聞こえる。
あぁ、本当に、明日からの嫌がらせは一味違いそうだな。
でも腕も痛いから手加減してくれると嬉しいな………、無理、か。
「沖田さん、どこ、いくんですか?」
戦闘が終わったのか、屯所内は少しずつ事後処理をはじめている。
みんなのお手伝いをしたいけど、この恐い沖田さんを振り切る自信は全くない。
無視だし、無視だし…!恐いよ!
「……なんで怪我してんだ」
どこに連れて行かれるんだと思ったら、沖田さんの部屋で、部屋に入るなりめちゃくちゃ怒った時に出す静かな声で責められて身がすくむ。
どうして怪我のことばれたんだろ。
「け、怪我なんて、してませんよ。それより、あの子の腕擦りむいちゃったみたいだから、治療してあげないと、!」
我ながら良い言い訳を思いついた!と自画自賛して部屋を出て行こうとしたら容赦ない沖田さんの手が、今度は斬られた方の腕を掴んできて一瞬息が詰まる。
「ぃった、」
「…脱げ」
あまりの痛みに涙が滲んできて、零すまいと我慢していると上から抑揚の無い声が降ってくる。
「え、?」
「それ、脱げって言ってんだ」
言うこと聞けないなら俺が脱がしてやるよ、と私の目に張った水をみてS心を刺激されたのか黒い上着を引っ張ってくる沖田さん。
抵抗してみるけど敵うはずもなく、あっさり上着を取り上げられる。
「うわー」
自分で見ても引くくらい着物の色が変わってる。
綺麗な若草色の着物だったのに、どす黒い血に侵されていてもうなんていうかグロテスクだ。
「……、なんで」
「…?」
「なんで、お前が怪我してんだ」
「こ、これは私の不注意で、!」
傷口を見た沖田さんが、怪我をした私よりも痛そうな、辛そうな顔をしていたから慌てて言葉を紡ぐ。
「みんなも無事でしたし、私も敵倒しましたし!」
「他の誰が無事でも関係ねぇ」
それはまた薄情な、と言いかけて止める。
だって、こんな、こんな泣きそうな沖田さんの顔、見たことない。
「また夢…、お前が傷ついたらだめだろ、」
「ご、ごめんな、さい…」
沖田さんの顔を見ていたら、さっきとは別の理由で涙が溢れて来て、零れる。
沖田さんをこんなに悲しい顔にしてしまったのが自分だと思うと、腕に傷を負った事がものすごく悔しい。
私の力不足のせいで、沖田さんが悲しむなんて、あっちゃいけない。
「今度は、俺が護る、から」
私の腕を庇いながらも、きつくきつく抱きしめてくれた沖田さんの目から、透明に輝くものが見えたけど、それは言わないでおこう。
本当は、怪我に気づいてくれて、心配してくれて嬉しかった、なんて言ったらまたどんないじわるされるか分からないから胸の中にしまっておこう。
あなたの涙が、嬉しいよ
おまえが傷つくのは嫌だ