「なぁ」

「…………」

「…なぁって!」



夏の生ぬるい湿気を帯びた風が頬を撫でる不快感に耐えながら早く学校を抜け出して快適な家でアイスでも食べながらテストで見れなかったドラマを見ようと思って下駄箱で靴を履き替えていたら、後ろから低い声が聞こえた。




「なに」

「おまえもう帰るのかよ」

「テスト終わった学校にようなんてないもん」



あたりまえでしょ、と榛名に言うと「ふーん」となんだかよくわからない反応。

まったくこいつはなんなんだ。

こんなくだらない話をするために私を止めたのか。
早く帰ってドラマ見たいのに。


野球部は今日も練習があるみたい。ご苦労な事だけど、私は関係ない。
早く部活に行けばいいのに。



「じゃあ私帰るから。部活がんばってねー」


ひらひら手を振って潰れかけた革靴に足を入れると、少し慌てたような声がまた私を止める。




「っ、おまえ、!夏休み中、なに、してんだ、よ………」



最後の方は聞こえないくらい小さな声で、榛名の顔も帽子で隠れていて表情が読みとれない。

どういう意味だろう。意図がまったくわからない。



「とくになんもしてないけど…。どうしたの?榛名なんか変だよ」

「うっせーな、!」



勢いよく粗い言葉と共にこっちを見た榛名の顔は真っ赤で、どう反応していいかわからなくなる。



「………………」

「…、榛名?なに?ようないなら、帰るよ?」

「………、おまえ、試合見に来い」

「試合?」



真っ赤な顔のまま告げられた言葉に、きょとんとしてしまう。試合?野球の?なんで私が。



「えー。でも外でしょ?私暑いのきらい」

「いいんだよ!とにかく来い!」




待ってるからな!絶対来いよ!と言い残して榛名はばたばたと廊下を走って行ってしまう。

最初から最後まで、唐突な奴。

なんだったんだ、一体。

試合見に来い、なんて。そんなこと言うだけのためにわざわざ練習さぼって私のところに来たんだろうか。あほだ。



…、でも、榛名の野球やってるところを見るのも、悪くないかもしれないな。
秋丸から話は聞いてるけど、見に行ったことは一回も無いし。


暑くても、一回くらいはいいかもしれない。

きっと、グラウンドで一番輝いてるのは榛名だ。


校舎を出ると、容赦ない日差しが降ってきて、いつもならそれが嫌なのに、今日は不思議と心地よかった。
きっと、あいつの季節だから。




夏が降ってくる或る日




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