春の終わりが近づいてきて、だんだん夏の匂いが濃くなってくる。
女子がきゃあきゃあ俺をかこみ、耳障りったらなかった。
男子もそんな俺を見ながらなにすかしてんだよ、なんてからかってきて、腹立たしいったらない。
そこにきて秋丸の「また夢ちゃんいないからってそんなに拗ねんなよ」発言。
ふざけんな。
なんで俺があんな女いないからって拗ねなきゃいけねぇんだよ。
しかも名前で呼ぶな。夢のさんって呼べ。夢のさんって。
あいつが学校を休むのはよくあることだったけど、まさか自分の誕生日に休まれるとは思ってなかった。
あれ、俺あいつの彼氏でいいんだよな。
なんだか自信が無くなって来て、トレーニングルームから出る。
もう今日はいいや。帰ろう。こういう時に筋トレしてもあんま身体によくねぇし。
部屋の窓を閉めて、電気を消して外に出る。
五月も終わりに近づいてきて夏がまじかに迫っても、夜はまだ暗い。
外にはもう誰もいない、と思って歩いていたら、校門の塀にぽつんと座っている人影が見えて、だんだん早足になる。
マジかよ。いや、そんなわけない。そんなはず、ない。
「っまた夢、!」
無駄な期待をしないように、自分に言い聞かせたけど、塀に座っているのは間違いなくまた夢で、自然とかけ足になった。
「おー、元希。おつかれ」
「おつかれ、っておまえ、なにしてんだよ!」
「…さぁ。なにしてんだろうね」
さぁ、って…。
首をかしげて本当に不思議そうにするまた夢を見て、一気に力が抜ける。
なんなんだ、こいつ…。
「こんな時間に、危ねぇだろ!なんで部屋まで来て呼ばなかったんだよ!」
「んー、待ってたかったから、かな」
「つかおまえ学校休んだじゃねーか。なにいまさら来てんだよ」
「うん。なんでだろ」
だめだこいつ話になんねぇ。
はぁー、とため息が無意識に出た。
一日中いない彼女のことを思って、うぜぇ女の話をキレずに流して、さらにうぜぇ男のひやかしをを蹴散らせて、気持ちの入らないまま部活して、自主練して。
そんでやっと会えた彼女と会話が通じないなんて、どんな罰ゲームな誕生日だよおい。
「元希、ねぇ元希」
「あ?んだよ」
「星が出てるよ」
す、と指を空に差したまた夢の指につられて上を見ると、目が痛くなるくらいの星が出ていた。
野球やってるときに青空は嫌ってほど見てるけど練習の後は空を見る事もなくて、夜空を見たのは久しぶりだった。
最後に見たのはいつだっけ。忘れちまった。
「あのね、あれだね、またひとつ歳をとったんだね」
「…おめぇ喧嘩売ってんのか」
「ふふ、歳はとりたくないね」
こめかみを引きつらせてると、そんな俺を軽く笑って塀から降りるとひらりと俺の隣に立って、小さい背でいっぱいいっぱい背伸びして、なにしてんだ、と思った時にはまた夢の唇が俺の頬をかすった。
「っな、!おま!」
「お誕生日、おめでとう。はいこれ」
いきなりの不意打ちに驚いているとずい、と目の前に出された白い、
「ばら…?」
「うん。あと、これ」
一本だけの白薔薇にリボンのように巻かれていた青いひもをしゅるしゅる解くと俺の目の前にぶらさげる。
「なんだよ」
「本当はね、ブレスレットなんだけど。元希嫌いでしょ?」
だからストラップにもなるのにしたの、というまた夢は俺のポケットを勝手に探って携帯を取り出して取り付けようとする。
たしかに、腕とか足にアクセサリーを付けると無意識に不自然な力が入って左右の均等が狂ったりする。
だからちゃらちゃら身に付けたりするのは嫌いだ。……嫌い、だった。
「あ、ちょっと」
「うるせぇ」
携帯の小さい穴にひもを通そうと集中しているまた夢の手からそれを奪って、左腕を突きだすと、びっくりしたようなまた夢の顔。
「なんで?嫌いなんでしょ?」
「いいんだよ。ほら、つけろ」
「……、はい」
また夢が細い指で器用に俺の手首にひもを結ぶ。
きつくないけど、落ちないゆるさ。ぴったり。
「…おまえな、俺は誕生日無視されたかと思ったんだぞ」
「ごめん…、忘れてないよ。なにあげたらいいのか、わからなかったの」
プレゼントに悩んで学校に来れないとか、可愛いじゃねぇかよちくしょう…!
めずらしく素直に喋るまた夢を抱きしめると、一日分のイライラが綺麗に無くなっていくのがわかる。
男にバラをプレゼントってどうなんだ、とかやっぱりこんな時間まで外で1人で危ねぇだろ、とかプレゼントなんていらなかったから学校に来い、とか。
言おうと思えばいくらでも文句はあった。
それでも、今日はそれを言う気になれなかったのは、真っ赤な顔で俺の腕に収まっているこいつがどうしようもなく愛おしいから。
榛名くんお誕生日おめでとう!
この時期は春と夏が少しずつ入れ換わりますね。彼が夏を連れて生れて来たのでしょう。きらきら彼らが輝く、季節を。
24, May 2011