「ほら、また来てるよ?」
「………まじですか」
アルバイト先の先輩が目を輝かせながらキッチンに戻ってきたのを見て、一気に疲れが来る。
原因は、ここ最近なぜかこの店を気にいって、そしてまたなぜか私を気にいってよく食事をしに来るプロ野球選手。
田島悠一郎。スポーツ観戦に興味のない私も名前は聞いたことがあったくらい有名な選手。
体格には恵まれなかったみたいだけど、もちまえのセンスで何度もチームを勝利に導いてきた、と聞いたことがある。
そんな有名で優秀な人がお店に来るのはやっぱりすごい事で、彼が来るたびにバイトの子から店長まで色めき立って注文を取りに行ったりお皿を運ぶのには毎回じゃんけん大会が開かれるほど。
みんなで好きにじゃんけんでも腕相撲でもしてればいいと思ったのに、なぜか彼は私を指名してくるようになった。
ここはどっかの怪しいお店みたいに指名料はつかないんだけどなぁと思いつつもお客さんに呼ばれたからには行かないわけにはいかない。
「……ご注文は」
「なぁ、約束守ったろ?結婚しよう!」
なるべく早く済まそうと注文を取りに行くと、輝かしい笑顔で詰め寄られて困る。
おいおい。いきなりその話題ですか。勘弁してください。
「この前約束したろ。おまえの誕生日の試合でホームラン打ったら結婚する、って!」
黙り込む私に確認するように言う田島さんの顔はものすごく本気の真面目な顔で、どう答えていいか分からなくなる。
たしかに約束は、した。
でもそれは彼がホームランをめったに打てないバッターだと知っていたから。
しかも私の誕生日の日にピンポイントで狙って打つなんて、誰が思う?
できたなら最初からやれ!って話だけど、その日のニュースでは彼が何年ぶりかに打ったホームランの話題でもちきりだったからやっぱりそれなりに頑張ったのかな、なんて思ったりして。
「…、器用なんですね」
「ん?あぁ、俺昔から本番に強いんだよ」
少し皮肉を込めて言うと褒められたと思ったのかまた嬉しそうににっこり笑う彼。
その笑顔にどきどきしない、と言い切れないのがくやしい。
だって、毎回毎回色目を振りまくめちゃくちゃ可愛いバイトの子達に目もくれず、いつも無愛想な私を呼んでくれた彼を、意識しないほうが難しい。
それでも彼は日本の誰もが知ってるようなすごい選手で、私はただのお店の店員だ。
彼の気まぐれな言葉に浮かれないように、なるべく関わらないように、見ないようにしてきたのに。これ以上、惹きこまれたくなかったのに。
「結婚しよう。俺と一緒にいてほしい」
「…………条件が、あります」
「なに?」
きらきら瞳を輝かせて、世界中の女の子の心を奪っちゃうような効果抜群の言葉を放つ彼に耐えられなくなって、思わず口を開く。
「まず、嘘をついたら離婚します」
「俺、嘘つかねぇよ!」
「…浮気をしたり、少しでも私に手をあげたら離婚です」
「んなことしねぇって!な?俺、いいダンナさんになるから!」
「………私、独占欲強くって、嫉妬深いですよ。汚いところもいっぱいあるし、絶対他にたくさんいい子います」
「そんなのいいんだよ!俺はおまえとがいいんだ!」
めんどくさいと思ってもらって、考え直してもらう作戦は、まっすぐすぎる彼の前にあっけなく崩れる。
なんなんだろう、この人は。神様なんじゃないか。
こんなに素直じゃなくて、可愛くない私をただひたすらに愛してくれるなんて。
「…、なぁ、俺と結婚すんの、いや?」
「そんなこと、!」
不意に田島さんの笑顔が曇って、心配そうにこっちを見るから慌てて思わず答えてしまう。
そうしたら心の底から安心したようにまた笑うんだから、私も笑うしかないじゃないか。
「俺の、およめさんになって?」
「…っ、はい、」
優しい、太陽さえ包み込んでしまうような笑顔で聞かれて、首を横に振れる人がいるなら見てみたい。
私は、この人と幸せになる。この人なら、信じてもいいと思うんだ。
「……ご注文は?」
すっきり気持ちの整理がついたところで当初の目的を思い出して、注文を聞くと、彼はきょとんとした顔のすぐ後、またあの満面の笑顔で言った。
「おまえとの、未来!!」
空をまたいで、会いに来て
Marry様に提出です。
幸せ溢れる素敵な企画でした。ありがとうございました。
こんな愛に満ちた企画に参加できて誇りに思います。企画者の高城澪様と、企画を支える全ての方の幸せを願って。
6, Mar 2011くろ
black cat