魔が差した、っていうのが正しいんだと思う。


最近練習も忙しくて、また夢と過ごす時間が少なくなってた。
もちろん正常な思春期真っ盛りな俺はまた夢に触りたいし、いちゃつきたい。

なのに、練習が入って一緒に帰れないことを伝えても、ミーティングで一緒に飯食えなくなった事を伝えてもまた夢はいつも笑っていいよ、いいよ、って言うだけで全然悲しがったり怒ったりしない。

だからもしかしてこいつは俺がいなくても楽しくやっていけんじゃねぇの?って。
俺だけが会えなくてイライラしてる気がして、さらに腹が立ってイライラ。ループ。


そんな時、部活も自主トレも終わって疲れたところに年下の可愛いタイプの子からこれまた可愛らしい告白。


ずっと好きでした。
先輩のことを見てるだけで幸せで、でも、できたら、先輩の特別に、なりたいな、って


頬を染めながら言う台詞は強情でプライドの高いまた夢からは絶対に聞けない言葉で、部活に明け暮れて枯れかかっていた俺の心を濡らすには充分だった。


細くて、柔らかい腕を掴んで、桜色に色づいた唇を味わう。
グロスで少しべたついてて違和感を覚えたけど、いまはそんな事気にならない。
久しぶりに触れた人の、女の身体に俺の身体も熱を帯び始める。
もっと深く、もっと、もっと。

頭の中心からゆっくり麻痺していくのを感じながらキスに夢中になっていると、後ろからぺたん、と階段を下りてくる靴の音が聞こえて一気に心臓が凍りつく。

この足音は、




「また夢、………」



咄嗟に女を引きはがして名前を呼ぶと、また夢はなにも感情の読み取れない、無表情で言い放った。



「…さようなら」




抑揚の無い声でぽつりと廊下に残してから、また夢は笑い、泣きも怒りもしないで下駄箱の奥に消えて行く。


やばい、俺はなんてことを、




「っまた夢!」




いままで夢中になってたはずの女を突き飛ばして、必死にまた夢の後姿を追う。

たいした距離でも運動量でもないのに、どうしようもなく息が乱れて脚がもつれる。
まるで自分の身体じゃないみたいだ。



「待てよ、また夢っ、!」



やっと追い付いて薄い肩を掴んで無理矢理こっちを向かせると、また夢はいままで見たことないような醒めた目で俺を見て、息が詰まる。



「また夢、はなしを、はなしを聞いてくれ」

「…………………」



俺がどんなに呼び掛けてもまた夢はなんの反応も示さないで、俺の方はみているけど、その瞳に俺は映っていない。


沈黙が痛くて、また夢に俺を見てほしくて、ただ待ってみるけど、しばらくしてまた夢の形の良い唇から出た言葉は俺を更に突き落とす。



「…グロス、ついてるよ」

「え、」



自分の唇に触れると恐らくさっきの女から移ったであろう、べたつき。



「さようなら」




次に出す言葉が見つからなくてただ茫然としているとまた夢はもう一度同じ別れの言葉を告げて、学校から出て行く。


しばらくそれをぼーっと見送ってから後ろを振り向くとさっきの女がいて、最低!と叫びながら平手打ちを喰らわされた。

まったく、散々だ。



また夢もこの女みたいにブ千切れて、罵声の一つや二つ浴びさせてくれたらいいのに。
怒り狂って殴りかかってくればいいのに。
そうすれば喧嘩もできて、仲直りもできるのに。

それなのにまた夢の見せた反応はすべてに疲れたような、諦めたようなそんな顔。

俺は、こんなことでまた夢を失うのか?

俺が腐った時も、立ち直ろうとした時もいつもずっと一緒にいてくれたまた夢と、もうこれでお終いなのか?

こんな、ものなのか、?


こんなにあっさり、別れが来るなんて。


また夢のいない生活なんて、考えられない。


また夢、また夢、また夢。


俺はおまえを失いたくない。
俺は、おまえがいないと、





空に星が散り始めた頃、また夢の家の前に立つ。
不審者に間違われるかもしれないけど、そんな体裁なんてかまってられない。



こつん、




小石を拾って、力加減に気を付けてまた夢の部屋の窓に投げる。



こつん、こつんこつん




また夢が出てくるまで、何回だって、何時間だって待つ。

自分勝手なのはわかってるけど俺にはまた夢が必要だし、一緒にいたい。




「また夢!」


黙って待つのがじれったくて、夜の静寂なんて気にしないで声を上げる。



「また夢!…また夢!」

「…近所迷惑です」



ずっとまた夢の部屋の窓を見上げていたのに、いきなり真横からずっと聴きたかったまた夢の声がして、びっくりして振り向くと玄関にまた夢が立っていた。



「また夢、!」



また夢がまた俺と話してくれるのが嬉しくて、無意識のうちに小さい身体を抱きしめようとすると、鋭く抵抗される。



「いや。触らないで」

「、!」



大きな声じゃなったのにまた夢の言葉は俺にまっすぐ届いて、動けなくなる。

こんな風に、はっきり拒絶されたのは初めてだ。

はじめて抱きしめた時も、キスした時もまた夢は恥ずかしがってたけど拒絶はしなかった。
なのに、



「………悪い」

「それは、なにに対しての謝罪?」

「…………、」



どこまでも静かなまた夢の声に、まどろっこしい弁解は無駄だと理解する。

知っていたんだ。また夢は自分を愛して、そして自分が愛した相手に対してどこまでも寛大で寛容だ。
相手を深く信じて、大概の事は許してくれる。それは、そいつの事を信用してるから。
だけどその代わりにまた夢は絶対に裏切りを許さない。自分を、もしくは自分の愛する人を誰かが裏切ったらそいつに対して容赦なく制裁を下す。

そう、また夢は裏切りが一番嫌いなんだ。
なのに俺が今日やったことは繕いようのない、また夢への裏切り。


もう、その瞳に俺を映してくれないかもしれない。
俺の名前を呼んでくれないかもしれない。
笑って、くれないかもしれない。


唐突に、理解する。
俺はとんでもなく馬鹿なことをしてしまった。
こんなに俺にとって大きな、大切な存在のまた夢を、失うかもしれない。


怖い。また夢を失うのが、こわい。



「俺を、…きらいに、ならないで、くれ」



情けない事に、俺の声は震えていた。

情けない声に乗せた情けない言葉を、また夢は怪訝な顔で受け止める。



「嫌いにはならないよ」

「っなら、!」

「嫌いにはならないけど、失望したし、がっかりした」



一瞬、細い希望が見えて表情が緩んだけど、また夢の重い言葉が俺の心臓を潰す。



「本当に、本当に、ごめん」

「謝らなくていいよ。もう私とは関係ないから」

「また夢、駄目なんだ、俺はおまえがいないと、」

「他の女に触れたその口で、私の名前を呼ばないで」




俺の声が震えてるのは始めからだけど、はじめて感じたまた夢の声の震え。

驚いて、いままで怖くて見れなかったまた夢の顔を見ると、その大きな瞳は涙でいっぱいで、いまにも零れて落ちそうだった。



「私を、他の女と一緒に、しないで」



留まりきらなくなった液体が、重力に従って落ちる。

また夢の涙を見るのは初めてだった。

テストでめちゃくちゃな点を取って、親と教師に挟まれて怒られた時も、生意気だと言われて上級生にちょっかい出された時も、猫を助けるために木から落ちて腕を脱臼した時でさえ強気なまた夢は涙を絶対に見せなかった。

なのに、また夢は傷ついたんだ。
固く、ずっと閉ざされてた涙腺が開くくらい、深く傷ついたんだ。

そして、傷つけたのは、他でもない、俺。



「………愛してる」

「っ、……」

「また夢、愛してるんだ」




拒絶される事を恐れてなんかいられない。

自分の身を守ることなんて、考えちゃいけない。

俺は、この愛しい意地っ張りな女の涙を、止めたいんだ。


涙を流した原因が俺なら、止める事が出来るのも俺しかいない。



「ごめん。本当に、ごめん。愛してる



馬鹿みたいに同じ台詞を繰り返して、小さなまた夢の身体を抱きしめる。

今度は拒絶はされなくて、でも俺の背中に手を廻してくれるわけでもなくて、ただただ声を殺して涙を流すまた夢。



こいつの身体って、こんなに小さかったっけ。
こんなに弱々しくて、脆い存在だったなんて。


俺はいままで甘えていたんだ。こいつの底無しの愛に、優しさに。


だから俺はこれから俺の全てをかけてそれを返さなきゃいけない。
また夢を愛して、愛して、愛す。



「ばか、…元希の、ばか」



やっと呼んでくれた、俺の名前。

それだけで、充分だった。



強く、つよく抱きしめると限りなく力が湧いて来る気がして、いまなら空の果てまで飛んで行けそう、なんてぶっ飛んだこと考えちゃうくらい。俺は自分の中にこんなにも愛というものが存在していたのかと驚いた。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -