「うるせぇんだよ!目障りだ!出て行きやがれ!」



事の発端なんてもう忘れちゃった。
いつもいつもなんでもないようなくだらない些細なことでザンザスは怒って、怒鳴る。

私に暴力はふるわないけど、言葉の暴力は日常茶飯事で、いっつもいっつも泣きたくなるのを我慢してたけど、今回はもう限界。駄目だ。


酷いことはいままで沢山言われたけど、出て行け、なんて言われたのは初めてだった。


ザンザスの事は大好きだし、ザンザスもザンザスなりに私のこと愛してくれてるのも知ってるけど、もう駄目。嫌だ。





「っくしょん」


お屋敷を出てきてから、三時間くらい、かな?

春先とはいえ薄手のセーター一枚じゃまだイタリアは寒い。

どうしよう、上着もなんにも持ってこなかった。
だんだん暗くなって来ちゃったし、いつも街に出る時はザンザスが一緒だったから平気だったけど、なんか、怖い、かも…。



でも、でも今日は本当に怒ったんだから!
お屋敷には絶対戻らないもんね!ザンザスが謝るまで、絶対、!



人生初の家出と共に、初めての野宿の場所を探して歩いていると、後ろから攻撃的なまでの明かりに照らされる。



恐る恐る振り返ると、そこには数えきれない量の黒い車が止まっていて、後ろのドアから偉そうに出て来たのは、



「ザン、ザス…!」

「………なにほっつき歩いてんだ。俺がいない時は外でんなって言っただろ」




迎えに来てくれたのかな、ちゃんと謝ってくれるのかな、って少し期待してみたけど偉そうなザンザスの口から出て来たのはやっぱり偉そうな言葉で、さらに腹が立つ。



「うるさい!関係ないでしょ!」

「うるせぇのは手前だ。来い」



私が声を荒げるとザンザスが大股で近づいてきて、私の腕を掴む。

嫌だ!
もう、いじわるなザンザスも、我儘なザンザスも、いやだ!



「出てけって言ったのはザンザスでしょ!放して!」

「あそこから出て行って、お前は行くとこあんのか」

「どこにでも行くもん!ザンザスがいないとこなら、どこでもいいもん!」



口から勝手に言葉が出てくるままに喋ってたら、ザンザスの腕を掴む力が弱まって、その隙に距離を取る。


離れてから改めて見て見たザンザスの顔は、ものすごく怒った顔だったけど、なぜかどこか悲しそうな顔をしていて訳がわからなくなる。

どうしてザンザスが悲しそうな顔をするの?
泣きたいのは私の方なのに。
いつもいつも、毎日毎日恋人に酷いこと言われて傷つかない人なんて、いないのに。



「ザンザスは、私が嫌いなんだ」

「違ぇ、また夢……」

「違わないもん。出てけって、言ったもん」



涙が出てきて、悔しくて下を向くと、ザンザスがゆっくり、まるで迷ってるかのように、私に拒絶されるかどうか警戒してるかのように近づいて来るのがわかる。


それでも今度は距離を取れなかったのは、きっとザンザスのいじわるなところと同じくらい優しいところを知っている、から。



「また夢、………」

「ザンザスが、帰ってきて、っていうまで、帰らない」



大きな手が頭に回されて、心地いい。
だけど素直になれない私が唇を尖らせて言うと、少し間を置いてから、ザンザスの低くて心地いい声が鼓膜を震わす。



「また夢、…帰ってきて、くれ」



顔を上げて見た顔は、泣きそうな、そんな切ない顔で、乾きかけた私の涙まで刺激する。


私はこの人から離れられない。



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