店を出るとすっかり冷えた空気が充満していて、おもわず身を縮める。
「あー、寒いねぇ。気持ちいい」
そんな俺とは対象的に、女は気持ちよさそうに伸びをして、深呼吸している。
「女は本当に寒いのが好きだな」
「うん。だって、人といたくなるでしょ?」
俺の右腕と、タカシの左腕を抱いて、嬉しそうに言う女。
小さい女は俺たちに挟まれるとさらにまた小ささが目立って、なんだか庇護欲がそそられる。
「夏は暑苦しいから人といたくなくなるけど、冬は寒から人と一緒にいたいの。人の暖かみが、嬉しいの」
本当に幸せそうに話す女を見ているだけで、こっちまで幸せな気分になってくる。
たしかに冬は人肌恋しくなるよな。
「…さて、マコト、タカシ、お別れだね」
駐車場に着いたところで、俺たちは自然と足を止めた。
止まっているのは運転手が控えているタカシのメルセデスと、女の燃えるような赤のMR2。
庶民な俺はもちろん歩きだ。
「2人とも、大好き」
街の明かりを映したきらきらした瞳でそう言った女は俺とタカシに最後のハグを送った。
あと少なくても数ヶ月はこの柔らかくて小さい熱に触れられないと思うと心臓のあたりが痛くなるけど、出会わなきゃよかったなんて絶対思わない。
俺は、女に会えてよかった。
「All you need is love。人間に必要なのは、愛だよ。それを忘れないで」
最後に振り絞るように俺たちの目を見て言った女を、タカシがきつくきつく抱きしめる。
こいつがこんなに人に執着したのは初めてだ。だから周りがタカシの変わりように驚いていた以上にタカシは自分自身の変化に戸惑っていたんだろう。
それを手放すなんて、どれほど苦しいのか、俺には計り知れない。
タカシにきつく抱かれたまま、女はなんとも言えない幸せそうな顔をしていた。
こいつにとっても、タカシはやっぱりすごく特別な存在なんだろう。
「女、…愛してる」
女を腕の中に抱きしめたまま、タカシがくぐもった声を出す。
それを聞いた女は、一瞬瞳を大きく開けてから、また嬉しそうに笑う。
その笑った瞳に、一瞬涙が見えたのは、俺の気のせいかもしれない。
だけど、そんなことはどうだっていいんだ。
俺の冬は、女の存在によって色付けられて、それはタカシにとっても同じなはずだから。
女の冬を、俺達が少しでも色付けられていたらいい。そう、思う。
「それじゃあ私は行くね。さよなら。いい夢を」
池袋の汚れた街に別れの言葉を残して、型破りな、池袋の王を心底惚れさせた女を乗せたMR2は颯爽と去って行った。
最初から最後まで、本当にかっこいい奴。
俺はタカシと短い別れの言葉を交わして、街を歩き出す。
冷えたコンクリートを、埃の混じった北風が撫ぜて、俺を芯から凍えさせる。
だけど俺はこんな夜が、嫌いじゃない。