別れよう


たしかに、そう女の形のいい唇から紡がれたはずだ。

なのに取り乱してるのは俺だけで、当のタカシと女はなぜだか穏やかに笑ったまんま。



「ちょっと待てよ女、どうしてだ?」


いつまでたっても口を開かない女とタカシに痺れを切らして堪らず疑問を投げる。
すると女はまっすぐタカシを見たまま、答えた。



「私はタカシを縛れないし、縛りたくない。なにより私が自由でいたいから。ごめんね、私のわがまま」



少しいたずらに笑って言った女に、タカシがやっと口を開く。



「まぁなんとなくそう来るのは分かってたが…。まったく、最初から最後まで俺の思い通りになってくれるつもりはないみたいだな」

「縛り合うのは健康な関係じゃないからね。だからタカシは好きにして。私も好きにする。それでまた私が帰って来たときに、捕まえてよ」

「…もし、俺の心が離れていたら?」

「タカシよりいい男を探す」



なんでもないように言い切る女に、タカシが爆笑する。
いつもは余裕ぶってすかして笑うのに、こんな風に楽しそうに感情をさらけ出して笑うなんて。
女と出会って一番変わったのは間違いなくタカシだと思う。
俺やGボーイズ達も女と接して人間としての温かみみたいなのが増したけど、タカシは桁違いに変わった。



「女、次に帰国するのはいつなんだ?」

「6月だよ。もう飛行機も取ってあるんだ」

「明日の出発時間は?空港に見送り行かせてくれよ」

「だめ。マコトとは今日でお別れする」

「なんでだよ?」



わけがわからなくて食い下がる俺に女はただ困ったように笑うだけで答えてくれない。
そんな俺たちを見兼ねたタカシが教えてくれる。



「“決心が揺らぐから”、だそうだ」

「決心?」

「………空港っていうのは不思議な場所でね、センチになっちゃうんだよ。だから、来ないで」

「女……」



最初から最後までわがままでごめんね、とまた微笑む女に、なにも言えなくなる。


本当に今日で、この日でお別れなのか。
俺の冬を照らし続けた太陽が、明日にはなくなるのか。
俺は一体明日からなにをして暮らすんだろう。
女と会ってから毎日タカシと女といるのが当たり前になっていて、それがなくなるイメージが描けない。



「じゃあ、夏には迎えに行かせてくれよ」

「…その事なんだけどね、賭けをしない?」

「賭け?」

「どういうことだ、女?」



なにかしら未来の約束が欲しくて焦って問うと、女は楽しそうに言う。
このことはタカシも聞かされていなかったみたいで、不思議そうな顔をして聞く。



「これから、私が夏に乗る予定の飛行機の情報を一回だけ言う。メモは取っちゃダメ。まだ何ヶ月も先のフライトだから会社の都合でキャンセルになったり時間がずれたりするかもしれないけど、そうしたらもうそれまで。運命として受け止める」

「運命って…」

「偶然なんて、ないから。全てが必然だから」


全てが必然、か。
俺たちがあの時のあのトラブルに直面していたのも、タカシが女をナンパから助けたのも、女といるようになったのも、全て、必然。



「乗った」

「流石タカシ。それでこそキング」


ちゃかすように言う女にタカシはクールに笑って答える。



「もし運命が俺に味方しないようなら、必然を作るまでだ」

「マコトは?」

「乗る意外の選択肢はないんだろ?」

「まぁ、そういうことになるね」



諦めたように笑う俺をみて、満足そうに笑う女。
ここで女の話に乗らなきゃ、こいつは絶対に夏に乗る飛行機の情報を口にしないだろう。
どんなに不安定な賭けでも、乗る意外の選択肢は俺には、ない。

女はすらすらと淀みない口調で日時と飛行機番号を言った。

それはなぜか物覚えの悪い俺の頭の中にすとんと入ってきて、記憶にしまわれる。

絶対、忘れるものか。
これは俺達がまた女と出会うための、魔法の鍵なんだから。


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