「so, are you all right?」

「yeah, yeah… thank you so much」



池袋にはめずらしい、落ちつける雰囲気の飲食店のボックス席に陣取ると早速女が泣きはらした赤い目のイギリス人に声をかける。俺達と居る時は泣いてばっかりだったのに、同性でしかも言葉の通じる女と向き合って安心したのか、さっきまで大きな目から塩水を出していたのが嘘みたいに今では落ち付いてるんだから、女って強いよな。




「それで、私はなにをどうすればいいの?」



しばらくイギリス人と言葉を交わしてから、女が俺とタカシを見る。
こう言う時、王様は言葉を発せずに経過をただ見守るだけだから今回も従順な家来の俺が今までの経緯を説明しようとすると、そうするより先にタカシが口を開いたから俺は開きかけた口を間抜けに閉じる。



「俺はこの辺りのガキをまとめてるんだが、その内の女が最近次々と消えた。目撃証言も無い。仕方ないから消えた女の写真を持って聞き込みをしていたらこの女に行きついてな。意思の疎通も出来ないのに消えた女の写真を見せると途端に泣きだすからほっとくわけにも行かなくて、そこに女が粗末なナンパに絡まれてた」



すらすらと淀みなくタカシの口から出てくる簡潔な説明に口を挟むこともなく頷き一つで答えて女がイギリス女に向き合う。
こう言う時女っていう生き物は次々と説明に対して質問を投げかけて関係ないことまで探ろうとするのに、女はタカシの与えた情報の他になにも興味を持たないのか補足を求める事も無くイギリス女と話している。

めずらしい女がいたもんだ。
タカシが興味を持つのも、めずらしい。興味を持たなかったら今日会った誰の紹介もないような女をここまで引っ張って、挙句の果てには抱えてるトラブルにまで首を突っ込ませるなんてことしない。


女がいくつか異国の言葉を紡ぐと女はまた涙ぐみながらも話出す。
そしてそれを聞いていた女の顔つきも段々険しくなっていくから、これが良い話じゃないなんてことはいくら馬鹿な俺にも予想がつく。だけどいまは話し終える女が訳してくれるのを待つしかない俺とキング。英語を勉強するのって、本当に大切な事なんだな。



「まず最初に、彼女の名前はキンブリー。イギリスからの留学生でこの近くの大学に一年だけ日本の文化を学びに来てるみたい」

「…それで」



何を先に伝えるべきか少し悩んだ様子を見せてから、イギリス女のバックグラウンドを説明しだした。
キンブリー。言いなれない横文字の名前。


この、と女はGガールズの写真の一枚を指差しながら続ける

「この子と先週の水曜日に一緒にクラブで飲んでたらしいんだけど、その時男達が何人か来て、無理矢理お店の外に連れて行かれた後、暴力を振るわれたって」

「31日か」

「うん。それでこの子…ナナちゃん?がキンブリーに逃げろ、って言って、走って走って、逃げたって。自分だけ逃げたの後悔してるって。それからナナちゃんと連絡つかないから、ずっと心配してた、って。そしたら次は彼女の写真片手に訳わかんない男達の聞き込みでしょ?そりゃ泣きたくもなっちゃうよ」



池袋の良い男トップワンとツーを訳わかんない男達と括った女のセンスを疑うのと同時に予想通りの明るくない展開に顔をしかめてしまう。



「そのクラブの場所と名前は」


流石にキングは冷静だ。所詮趣味程度の俺とはトラブルに向き合う腹の据わり方が違う。
女からの情報に眉ひとつ動かさずにタカシが聞くと女がすかさずキンブリーに向き直る



「渋谷の、クラブ・ラカンテラ」

「マコト、知ってるか」

「守備範囲外だ」



池袋のことなら外さないデートスポットから滅茶苦茶に騒ぎたい時におあつらえ向きの店まで把握してる俺も、渋谷となるとお手上げだ。
そもそもなんでそのGガールはホームタウンである俺達の池袋から離れて渋谷なんて小奇麗な街に行ったんだろう。




「それと、…」



急に歯切れが悪くなった女が、言いにくそうにちらりとタカシを見る。



「キング、ってあなたのことだよね」

「それがどうした」

「その、ナナちゃん良くないクスリをやってたみたいで、池袋でやるとキングにばれるから、ってわざわざあなたのいない所までたまに足を運んでいたみたい。それで、その男達はバイヤーなんじゃないか、ってキンブリーが」



良くないクスリ。それは、求める奴にとっては最高のパラダイスにつれて行ってくれる魔法の薬のことだろう。まったく、いつの時代になってもガキの遊びは変わらない。



「そうか。ドラッグ絡みだと、もしかしたらでかい組織かもな。他のGガールズも同じ奴らと考えていい」

「あとね、キンブリーが言うには、最初の方はナナちゃんとその男、カップルみたいにいちゃついてたんだって。それなのに急に激変したから驚いたらしいよ」



ヤクをやってる奴は感情の起伏が激しい。
一瞬で天国に連れてってくれる変わりに、同じスピードで地獄にも連れて行ってくれるからな。



「私の友達にいた例だから一応言っておくけど、メキシコ人にドラッグのバイヤーと付き合ってた子がいて、でも付きあってたと思ってたのは女の子だけだった、っていうのが結構あるんだよね」


英語を喋れると思ったら、次はメキシコとは。インターナショナルな女。



「その手の話はどこに行っても尽きないな。救われない話だ」



めずらしく自嘲気味に笑うとキングは天井を仰いだ。
キンブリーから得られる情報もここまでだろうと話をまとめて店を出る。

最後に女とキンブリーが親しげに連絡先を交換して、熱いハグを最後に駅に向かうキンブリーを見送った。



「さて、これからどうする?」



王の指示を仰ごうと赤く染まり出した夕陽を背景に立っているタカシを振り返ると、決断することに馴れた者ならではの明瞭な答えが返ってくる。



「今日は下手に動かない方がいいだろう。明日、渋谷のクラブに行く」

「そう。よかったね、細い手がかりが見つかって。じゃあ、私帰るから」


ひらり、と軽く手を振って女が俺達に背を向けて歩き出した時は、さすがに俺も虚をつかれて慌てた。
驚いたのはタカシも同じだったみたいで、天性のスピードと反射神経で遠ざかって行く女の腕を掴む。


「おい、夕飯くらい一緒にどうだ?それくらい奢る」

「いや、悪いけどおばあちゃんのご飯の方が美味しいから、帰らなきゃ。夕飯は七時からなんだ」


あと時計の長針が半周もすれば女の帰宅時間だ。年頃の女の遊びを切り上げる時間としては随分早い。
去って行く女を止めたタカシにも俺は驚いたけど、そのレアな王の誘いをあっさり断っておばあちゃんのご飯を食べたい、と言い切った女には白旗を振るしかない。
こんな女、池袋中を探したってまずいないだろう。


そんな女にキングは気を悪くした様子もなく喉から冷たい吐息を吐きだす。機嫌が良い証拠。



「じゃあ、明日、その夕飯の後、一緒にクラブに行かないか?」

「渋谷の?」

「あぁ。夕飯の後ならいいだろ」



食い下がるタカシに女は考える素振りを見せてから、首を縦に振る。
それを見てタカシは頬の筋肉を緩めて、時間と場所の約束を取り付ける。



「ねぇ、車で来て大丈夫?」

「あぁ、誰かに止めさせに行けるからな」

「女おまえ、運転できるのか?」



素直な疑問が頭によぎる。女はどう見繕っても二十歳そこらにしか見えない。そして最近の女で二十歳ちょっとで免許を持っているのはめずらしい。



「もう私19だよ?あたりまえじゃん」



おかしそうに俺を見て言う女にそうか、と答えて相槌を打つ。
あたりまえなのか。



「それじゃ、また明日ね、マコト、タカシ」



それは、見る奴を魅了する笑顔だった。
いままで人形みたいな顔の造りの美人な女は山ほど見てきた。タカシの彼女のユウリもそうだ。
だけどその時女が見せた笑顔は、人形みたいに完璧な笑顔じゃなくて、19歳の女の子の人懐っこいもので、だけどその笑顔に不覚にも俺の心臓は高く鳴る。悪い、リン。今のは不可抗力。

自然な仕草で俺とタカシに軽いハグを送ってくる女を紳士的に抱き返す余裕もないまま女は去って行く。

残されたのは街角に立つ年下の女に振り回されっぱなしの俺とタカシ。


しばらく女のやわらかい身体の余韻に浸りながらタカシを見ると奴もはじめて見る顔をしている。
驚いたような、嬉しいような、状況に付いていけないような。
タカシはいつも全ての状況を把握して、経過を操作して自分の予想を超える出来事なんてそうそうおこらないんだろう。もちろん、女に胸の中を滅茶苦茶にかき回されたことも、食事に誘って断られたことだってこの色男はないに決まってる。


ユウリの事、忘れんなよ、とは言わなかった。
こいつの色恋沙汰は俺の口を出すことじゃないのはわかっているし、償いをきっかけに再開した恋愛と、小さな台風のような女の魅力を比べるほどナンセンスなこともしたくない。



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