ガン、とタカシに押し付けられるのと同時に、俺はしたたかに背中を壁に打ち付けた。


アンティークな俺の家がグラグラと揺れるのを感じながら、今日はおふくろが外泊しててくれてよかったと心から思う。
こんな夜中に震度2の地震を起こしてちゃ、俺の命は無い。



「マコト、どういうことだ」

「落ち着けよタカシ。クールになれ」

「説明しろ」



タカシが俺の襟元をきつく締めつける。
こいつとつるんで長いけど、こんなに研ぎ澄まされた鋭い殺気を向けられるのは始めてかも。
冷静に現状を把握する俺とは対照に、あまりにも“説明”って雰囲気じゃない空気に女は驚いて目をぱちくりさせてる。
とにかく、この頭に血が昇った王様を早くどうにかしなきゃ、俺の顔の形が変わるのも時間の問題だ。



「女がちょっと俺と世間話しに来ただけだ」

「じゃあなんでその女が泣いている」




多分タカシも女のことについて俺と話に来たんだろう。メルセデスは静かすぎて止まったのも走り去ったのも全然聞こえなかった。
それで俺の家に勝手に上がりこんで来てみればそこにはまさに考えていた女の姿があって、しかもその気高い瞳から涙が零れてるとなっちゃクールじゃいられないだろう。




「わ、私が勝手に泣いただけだから、マコトは関係ない!」

「…………………」


女の、まるで俺を庇うかのような発言にそれじゃなくても古いヒーターしかない俺の部屋の温度が3度は下がった。



「…マコトは関係ない、か。それじゃあ俺はどうだ?」



俺は関係あるのか?とストレートに聞くタカシの瞳はごまかしを許さないものだった。
もうこいつは開き直ってるのかもしれないな。
そうした上で、本気で女を捕えに来た。



「ユウリと話は済んでいる。もう俺にはなにもない。女以外、なにもいらない」



こんなストレートなタカシの、感情を隠さない言葉は初めて聞いた。
そんなタカシの言葉をまともに喰らって、女は冷静じゃいられない。



「なに、そんなの、勝手すぎる」

「あぁ。俺は勝手なんだ」

「ユウリちゃんに悪いと思わないの?彼女は絶対に傷ついた」

「それは俺とユウリが決めることだ。女じゃない」

「…!」



どんな女の問もさらりとかわして、タカシはそのまま女の手を取る。


こんな近距離で、タカシの熱視線を受けてもなんとか目を反らさないでいる女はやっぱり池袋で会って来たどんな女よりも魅力的だ。




「俺は、女、おまえが、好きだ」



一字一句、祈る様に言うタカシに、女はなおも食い下がる。



「…っタカシは、私があと2週間でいなくなるから、そう言ってるんでしょ?2週間で絶対いなくなるから、めんどくさくならないから、後はもう関係無くなるから、」

「違う。女、違う」



ぽろぽろと流れ始めた女の涙の雫を無骨な手でタカシは掬う。

叫ぶように吐き出される言葉を聞いて、いままで女が俺たちにとって来た微妙な距離の理由がわかった気がした。
きっと、自分はいなくなるから、なるべく深く立ち入らないように、なるべく離れることになった時、痛くないように自然と一本線を引いてたんだろう。
だけどそんな線を軽々飛び越えるくらい、女の魅力は強くて強烈だった。


女の涙はとっても神聖で、その雫一粒一粒にさえ価値がある気がする。




「嘘だ。ずっといない奴は、一緒にいて気が楽だから、タカシは私を選んだ」

「どうしたら信じてくれるんだ。違う。そんなんじゃない」



ゆっくり、言い聞かせるように言うタカシはまるで小さい子供をあやしているみたい。

だけど、そんな慈しみに満ちた顔は次の女の顔で完全に男のそれに変わった。


「じゃあ、……だって、私がタカシと離れたくないから帰りたくないって言ったら、……………やっぱ、無し。聴かなかったことにして。あほ過ぎる」

「俺も、女といたい、!」

「っ、」

「女、愛してる。俺の全てをかけて誓おう。愛してる」

「…………ばか、」




タカシの捨て身の愛の告白を受けて、ようやく女が折れる。
その小さくやわらかい身体を預けて、タカシの腕でまた静かに涙を流す。


俺もうっかり2人のドラマに見言っちゃって涙腺がちょっとだけ緩んじゃったけど、一体あとどれくらい俺の部屋でこの甘ったるい空気が流れるんだろう。
タカシも女も、ここがどこか絶対に忘れてるよな。まったく、バカップルはいつの時代になってもいい迷惑。



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