あの後結局俺は女に赤い箱を渡せずにユウリとリンの待つ部屋に戻って、それからしばらくするとタカシからもう帰える、という簡潔な内容の電話が来て、はじめて女に振られた王様の機嫌が覗えた。
女とタカシがいなくなったことで自然とお開きになったパーティを切り上げて、リンとユウリに別れの挨拶を告げたのは2日前。
リンと恋人同士として、クリスマスの営みをしたのは昨日の事。
あれからタカシからもユウリからも、もちろん女からも連絡はない。
タカシと女はどうなったんだろう。ユウリと決着は、着いたんだろうか。
ぼんやりと俺なりにいろんな事を考えようとしていると、下から聞こえてきた車のエンジン音に思わず窓を開ける。
一般家庭の乗用車はこんなでかいエンジンは積んでいない。
そして俺の知り合いの中でこんな上等な車に乗っている奴は池袋の王様か、もしくは、
「、女!」
「こんばんは、マコト。来ちゃった」
窓から顔を出して下を覗くと、案の定そこに立っていたのは、燃えるような赤いMR2から降りて来た、これまた赤いマフラーを巻いた女。
驚きながらも女を俺の狭い部屋に招き入れる。
「……どうしたんだよ、こんな時間に。めずらしいな」
いまの時間は、まさに草木も眠る時間、ってやつで、普段の女ならとうに寝ている時間だ。
「うん…。今日ね、従兄弟の誕生日で、その片付けとかいろいろしながら考え事してたらこんな時間になってて、それでなんか、外に行きたくなって…」
気づいたら池袋に来てたんだ、と戸惑い気味に言う女を見て、いつも天真爛漫で悩みなんて喜んで楽しみながら立ち向かって場外まで強く打ち返すスーパーガールもこんな風に、俺たち一般人みたいに悩むことがあるのか、と少しだけ安心する。
「女が悩みなんて、どうしたんだ?」
「………私さ、…なにを優先させたらいいのか、わからなくなっちゃったんだ」
女は何から話していいのかわからないのかゆっくり言葉を選びながら口を開く。
「大切な人が2人いて、でもその大切さは違うんだけど、やっぱり大切なことには変わりないんだよ」
「……タカシと、ユウリ、か?」
「!!…、……うん」
正体を伏せながらだと話しにくいだろうから、俺から投げてやると驚いた表情を見せたのは一瞬で、すぐに疲れたような笑みで返してくる。
「あの2人はさ、私が来る前はすごくうまくやってたんでしょ?…見れば分かるよ。なのに私が来たせいで、その均衡が崩れた」
均衡、か。
でもその均衡を時に思いきって崩すことは大切だと思う。
だって、その均衡で満足してちゃ、次のステージは見えないだろ?
「…女は、どうしたいんだ?」
「私は、みんながハッピーでいてほしい。なのに、それはなんでこうも、うまく行かないんだろうね…」
必死にいつものペースを取り戻そうとしているのが窺えて、次にかける言葉を決めかねる。
まるで、少しでも触れれば簡単に粉々に砕けそうな、ひびの入った薄いグラスみたいだ。
「不甲斐ない自分が、嫌に、なる。…せめて私が悩むこともなく強く強く否定出来れば、こんなことにならなかったのに」
「それは違うだろ」
自分の気持ちを、タカシを想う気持ちを否定しようとする女を強く止める。
だって、人を愛する気持ちを殺す必要なんて、誰にもないじゃないか。
「人を愛するのはいいことだ。自由に愛すのは、博愛主義者のおまえの務めだろ?」
「マコト…」
ほっとしたように笑った女の両目から透き通った水が頬に線を引いて落ちたのと、俺の部屋の扉が静かに開いでタカシが入って来たのは、ほぼ同時だった。