タカシと女が出て行った後、残された俺とユウリとリンで片付けをしていたら、リンが置いてきぼりにされた赤い箱を見つけた。
「これ、女ちゃんのじゃない?忘れちゃったみたい」
「まだ下にいるかもしれないから渡してくるよ」
しっかりしてるようなのにどこか抜けている女を思って、俺は上着を手に取る。
階段をダッシュで下りたらぎりぎり間に合うかもしれない。
赤い箱を持って扉を開くと冷たい風が頬を撫でて一瞬怯むけど、思いきって外に出る。
どうしてこんなに寒い中女は堂々と背筋を伸ばして歩いていけるんだろう。
俺なんてみじめなくらい背中を丸めちゃうっていうのに。
身体を温めるようにがむしゃらに足を動かして階段で一階まで一気に降りると、ちらりと視界の端に赤い物が映る。
女のマフラーだ。よかった。間に会った、と安堵して近寄ろうとしたけど、一瞬早くタカシが女の腕を掴んだのが見えて慌てて壁に隠れる。
「……どうしたの?タカシ」
「…女、おまえはいつまで気づかない振りをする気だ」
「なんのこと」
「…………………」
尋ねるタカシと、不可解な顔をする女。
もともとタカシは気が長い方じゃない。キングの行動は早かった。
一瞬で女の腕を抑えたかとおもったらすぐに壁に追いやって唇を重ねた。
「んっ、…はっ、」
そのまま喰っちゃうんじゃないか、って思うほどの荒々しいキス。
今まで我慢してきたものが溢れ出たんだろうか。こんな必死なタカシは初めて見る。
「っ、いいかげんに、!」
思い切り右足を上げて、女がタカシの腹を蹴ると奴は少しせき込みながら少し離れる。
タカシとの付き合いは長い物になるけど、あんな風に蹴られるところを見たことがない。
それも、自分より一回りも小さい女に、だ。
「いい蹴りだな、」
「お兄ちゃんに仕込まれたからね。近づくならもう一発あげるよ」
軽く腹を押さえながらもタカシが言うと怒りを隠そうともしない女が厳しく睨む。
「なんのつもり?タカシにはユウリがいるでしょ」
「あいつとの関係ははっきりさせる。俺は、おまえが欲しいんだ」
「私はタカシなんか欲しくない!」
「何を怒っているんだ。愛したいものを愛せばいいといったのは、女、おまえだろ?」
あまりの突然の出来事にぼーっとしていた俺の脳はタカシの言葉で一気に記憶を呼び起こす。
たしかGボーイズの集会の後に、女がいたずらに言った言葉だ。
見てるこっちが切なくなるような顔で言うタカシに、女が吼える。
「それとこれとは話が違う!傷つく人がそこに生まれるならそれは成立しない!」
「他人を傷つけずに生きていけると思っているのか」
「っそれは、!」
いろいろと混乱しているのか、女の口調が弱くなる。
いつも無邪気で強気で大胆な女が、押されてる。こいつは、迷っているんだ。
きっと、自覚すらできないような深い深い意識の底で、最初から女もタカシを愛していたんだ。
だけど会った時にはもうあたりまえのようにタカシにはユウリがいて、それが女にストップをかけていた。
まぁ、そんな防波堤は池袋の王様には関係なかったみたいだけど。
「帰る!」
勢いよくタカシの肩を押して、女がエントランスから出て行く。
残されたタカシは、真っ黒に塗りつぶされた空の下、走り去る女を見つめていて、その顔から表情は読み取れない。
こいつは後悔してるんだろうか。
自分の行動を間違っていたものだ、と思っているんだろうか。
……、いや、愚問かな。
いつだって俺の一番のダチのタカシは自分が正しいって信じてるし、ぶれない。
タカシは行動を起こした。
事は、動き始めたんだ。
後は、女本人の気持ちと、ユウリへの気持ちを整理できるか、女の問題だ。