はじめて入るユウリの部屋は女の子の部屋、って感じで俺の部屋とは比べ物にならないくらい綺麗で整頓されていた。




「すっごくおいしい。ふたりとも料理上手なんだね」

「本当?よかった」

「たくさんあるから、いっぱい食べてくださいね」



女の言葉に嬉しそうに答えたのは俺の愛しい彼女で、おかわりを勧めたのはリミット付きのタカシの彼女。
そのリミットがいつ切れるのか、知っているのは緩く笑いながら酒を煽るキングだけ。いや、だけどもしかしたらこいつ自身も知らないのかもしれない。



「女は自炊、しないのか?」

「んー?ちょっとはするけど、あんまり得意じゃないんだよね」



大学は寮生活だからね、と言う女は次々とユウリとリンが作った料理を胃の中に納めて行く。
本当、この小さい身体のどこにこんなに物を入れるんだ、ってくらい。



「こんなに素敵な彼女がいてマコトとタカシは幸せものだね」


クリームシチューを食べながら放った女の言葉は下手したらその辺の爆弾よりも威力があった。
なにも知らない女はシチューのにんじんを冷やしている。
すぐに顔を曇らせたのはタカシで、ユウリは少し困った顔で笑ってる。


そんなことを気にもしないでにんじんを口に入れる女は、いったいなにを考えているんだろう。

こいつは本当にタカシになんの気もないんだろうか。
あったとしたらこんなこと普通の顔して言えるはずないのに。

でも、タカシにあそこまで特別扱いされて惚れない女なんているんだろうか。
タカシは男の俺が言うのもなんだけど、本当にいい男だ。

歩けば街の女は振り返るし、店に入ればとびっきり可愛いウエイトレスがとびっきりの笑顔をぶらさげて媚を売りに来る。

そういう、男なんだ、タカシは。


いや、でも女なら例外も大いにありそうな気がしてならない。
女はそんな普通の例に収まるような女じゃない。そのことは俺とタカシが多分一番よくわかってる。
だからタカシも本気で焦ってるんだろう。それだけ女に本気だから。




「そういえば、ブラウニー持って来たんだよね。明日食べるのに作り過ぎちゃって」



俺の心中なんてなにも知らない破天荒な女は鞄から赤い箱を引っ張り出す。

女の見せたブラウニーは、もう甘い物を集結たいみたいな固まりだった。


それを確認した瞬間、部屋の空気が一瞬凍る。


クリスマスだし、ケーキを用意しようか、という話が出なかったわけじゃなかった。

だけどガキの王様は甘い物がものすごく嫌いだから無しにしよう、ということで決着がついた。
まさかこのタイミングで女が甘い物を出してくるとは。


なにも知らない女は呑気に紅茶とコーヒーの催促をしているのを聞きながらタカシはどうするんだろう、と恐る恐る盗み見ると、なんとあいつは、おもむろにブラウニーに手を伸ばして、食った。


俺はタカシと知り合ってから今まで、こいつが何か甘い物を食べるところを見たことがなかった。
工業高校時代もこの男は恐ろしく女から人気があった。
1%にも満たない工業高校の女子生徒は全員こいつに夢中だったし、バレンタインともなれば他校からも女が押し掛けてタカシの前に列を成した。

それでもこいつは甘い物を受け取るどころか、ましてや口にしたりなんて絶対しなかった。


それなのに、こいつは今甘い物の代名詞とも言えるブラウニーを自然に食っている。

相変わらずなにも知らない女は自分もブラウニーに手を伸ばしてうまそうに食べている。



「やっぱりブラウニーは冬の食べ物だね。心があったかくなるよ」

「そうかもな。うまいよ」



二つ目のブラウニーを掴みながら、本当にうまそうに頬を緩ませるタカシは、まるで俺の知らない人みたいだけど優しい瞳は嫌いじゃない。

もともとこいつはキング、なんて祭り上げられて四六時中家臣と一緒にいて疲れないわけがない。思い通り、好きに生きているように見えるけど上に立つ人間はそれなりに制限も束縛も多い。責任に基づく権利、だからな。
そんなことにがんじ絡めになってたところに現れたのが、女、なんだろう。

北風と共に街にやってきた女は誰よりも自由に行動して、自由に意見を述べ、自由に笑った。

キングも世界一の大学も関係ない。
ただそこにあったのは1人の安藤崇っていう男と北風女っていう女で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

そんな関係が、心地良くないはずがないよな。


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