去年までの暖冬が嘘みたいに感じる、がむしゃらに寒い十二月の池袋で、海の向こうの世界で暮らす女に出会った。


「お姉ちゃん可愛いね。すぐそこに俺の知り合いの店があるんだけど、行かない?」

「俺のこととか知らない?結構雑誌とか出てて有名なんだけど」

「can you please go away?」


いつもながら若い肉体と有意義な時間を持て余していたしがない店番の俺は、キングタカシの呼び出しに即座に応じる従順な家来としてウエストゲートパークに行ったのはいいものの、今回のトラブルでは俺はさっぱり役立たずだった。
というのも、最近Gガールズが次々と行方不明になりだして、ついにその数も片手で数えてたんじゃ足りなくなり、重い腰を上げたキングに呼ばれたのが俺。だけどいざ情報を持っていそうな女に会ってみると、そいつは驚いたことにイギリス人だった。
Gボーイズ、ガールズが足を棒にして情報を集めて、そうしてやっと見つけたのが外人たった一人。しかも、日本語はまったく喋れないのに拉致されたガールズの写真を見ると同時に泣きだすんだから放っておくわけにもいかない。なにか情報を持っているのはたしかだ。しかも、良い大人が泣きだしちゃうくらいヘビーで良くない情報。


だけど日本語さえ不自由な俺が英語なんて喋れるはずもなく、もちろんロクな教養がある奴がGボーイズにいるはずもない。

永遠に泣き続けるイギリス女をとりあえずどうにかしよう、ってことでタカシとその護衛と一緒に近くの飲食店に向かって汚い道を歩いていたら、聞こえてきたのは掃いて捨てるほど聞いたことのあるださいナンパの常套句と、耳に馴染みのない、言語。
その言語に俺よりも早く反応したのは、もちろんそれを母国語として使っているイギリス女で、ぴたりと涙と足を止めた。



「I have no interest in you. Please get out」

「俺、一回外人とやってみたかったんだよ。大人しくしてたら悪くはしねぇから、俺たちと一緒に行こうぜ?」

「どうせ言葉なんてわかんねぇんだろ?さっさと連れて行っちゃえばいいじゃねぇか」

「y’all asshole. I cannot believe that kind of people living in same world」



ピーマンよりも頭の軽そうな男二人組が女の手を無理矢理掴んだ瞬間、俺の横をこの冬一番クールな風が通り過ぎた、と思ったら、2人の男が人形のあやつり糸が切れたように寒い池袋の大地に倒れ込む。



「まったく、俺の目の前で白昼堂々とあんな粗末なものを見せられるとはな」



おっかない。
池袋の王様はどうやら機嫌が悪い様子。
まぁそれも仕方ないよな。Gガールズが次々と消えてるのに情報は限りなくゼロに近く、やっと掴んだ情報源もでかい世界の壁に阻まれて空回り。

運の無い男達を残して足早に店に向かう俺たちは、聞こえてきた声によってまた足を止めることになった。


「うわー。強いんだね」


その声は確かに、さっきまで英語を喋っていた女の声と一致して、驚いて振り返る。
それはガキの王様も同じだったみたいで、やつにしてはめずらしくびっくりした顔をしていた。


「久しぶりに帰ってきたらこれなんだから、めんどくさくて仕方ないよ」

「…日本人なのか」

「え?あぁ、うん。さっきみたいなのを交わすのは日本語分かんないふりするのが一番手っ取り早いからね」


でもさっきはちょっと困ったよ、この街も物騒になったんだね、と流暢な日本語を紡ぐ女はどこか雪のやわらかさを連想させる笑顔を見せた。



「本当にありがとう。この国の男はへなちょこだからみんなスルーして、助けてくれたのはあなただけだよ」



タカシが微かに笑ったのが分かった。
へなちょこ、だなんて日本語を実際に使った奴を見たのは生まれて初めて。



「いや。あれはたまたまだ。俺はそんなに良い奴でもない」

「ふーん。あなた、良い男だね。まぁ私のお兄ちゃんの次にだけど」


今度笑うのは俺の番だ。
この、凍えるほど良い男を目の前にして堂々と二番目だと言わせるこの女の兄貴を拝んでみたくなった。
それにしても強気な女。Gガールズに聞かれたら抹殺されそうな会話だ。


いままでルックスをもてはやされたことしかない奴はいまどんな顔してるのか、と見てみたが、しぶとい微笑を口元に湛えていた。
こいつのこの顔は、なにか面白いトラブルに出会った時の顔によく似ている。



「なぁ、あんたちょっと俺達を助けてくれないか?」


俺が女に声をかけると、タカシは無言で俺を見た。


「いいだろ?もうけっこう切羽詰まってるはずだ」


王の許可を請う俺に鷹揚に頷いて、北風のような声でタカシが話し出した。



「実はいまやっかいなことがあって困っている。ちょうどおまえみたいな奴を探してたんだ。手伝ってくれないか?」


なんでもないような顔をしていたけど、この時実は俺は結構驚いていた。
タカシが会って間もない人間に“困ってる”なんて言うのを聞いたのを初めて。
この王様はいつだって余裕ぶっていて、自分の感情表現なんてめったにしない。それだけ今回は困っているってことか、それとも、この女にタカシをそうさせる何かがあるのか。



「いいよ。私も助けてもらったし。Give and takeって言葉もあるしね」



躊躇する様子をまったく見せずに、女が頷くとタカシはユウリの前でも、もちろん随分長い付き合いの俺の前でも見せたことの無いような嬉しそうな顔をしたもんだからしばらく俺がフリーズしたのは言うまでもないだろ?



「そう言えば、私は女。北風女。あんたは?」



しっかりとした足取りで歩いていた女が急に思い出したように言うと、タカシは心の底から楽しそうな声を上げた。


「俺はタカシ。それで、こっちの冴えないのが」



ちらりと涼しい視線を俺に投げてよこしたタカシに聞こえるようにため息を付いて、俺は寛大な心を持って言った。



「池袋一の良い男、真島マコトだ」



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