冬の日差しが柔らかく、街の埃やゴミと時間を持て余した奴らが集まるウエストゲートパークを照らす。
女が冬の寒さを突き破る、燃えるような真っ赤なスポーツカーで池袋に顔を出し、毎日暇を持て余している俺や、俺なんかが想像できないくらい忙しいはずなのに女がいると出現するタカシとつるむようになってから、この街の王、タカシの機嫌はすこぶるよかった。リラックスしたような柔らかい笑顔をサービスしまくりでガキ共もそんな王様に安心して大人しい。目立ったトラブルも無くのびのびと過ごしていたけど、今日みたいな日はちょっと違う。
「うそ!これくれるの?!」
「はい、知り合いが行く予定だったけどなんか行けなくなったみたいで」
「本当にありがとう!うれしい!すごくうれしい!」
ひどく興奮気味な女と、それに照れたように笑うGボーイ。
それを近くで鷹揚に座ってみているタカシの機嫌は、控えめに言って最悪、ってとこかな。
なのに女本人と、それと話しているガキはそのことには気づいていない。まったく、哀れな奴。
「お金払うよ。いくらだったの?」
「いりませんよ!そんな、女さんからお金を取るなんて!」
街に一歩出ればGボーイズとして肩で風を切って歩いているのに、こんな小柄な女に恐縮しまくって腰を低くしてるなんてGボーイズを恐れてる奴らが見たら一体なにを思うんだろう。
そんな俺の考えを知るはずもないガキは両手をぶんぶん降って金を払うと言いはる女を止めている。
「…本当にいいの?」
「どうせ女さんが行かないならゴミになるんで」
「ありがとう、大好き!」
ぎゅ、っと効果音が聞こえそうなくらい熱い抱擁だった。
小さな女がつま先で立って自分より頭二つ分もでかい男の首に腕を回して幸せそうな顔で抱きしめた。
ガキは突然のことで上手く対応できないのか両手を宙に浮かせたままどうしたらよくて、自分がいまどういう状況に陥っているのかわからなくて混乱しているのが見て取れる。
まさに、女に初めて会った日に初めてハグされて戸惑った俺の姿にぴったり重なる。
だけど同じ光景を見てもみんながみんな同じことを考えるとは限らない。
俺が美しい記憶に思いを馳せているっていうのに隣のキングはなにかドス黒い感情を腹の中に溜めているらしい。
さっきまでのイラつきなんか比にならないほど不機嫌をはっきりと表して近くに立っている護衛まで顔を青くしている。
「見て見て!タカシ、マコト、これもらっちゃった!」
タカシを取り巻く温度が余裕でマイナスを超えたのに気づきもしない女が無邪気な、それはそれは嬉しそうな笑顔で俺たちの方に向かってきて、もらったばかりのチケットを見せる。
「ずっと欲しかったチケットでね、でも手に入らなかったから諦めてたの」
そう言って見せてきたチケットにはここ最近有名になり始めたアメリカ出身のバンドの名前が書いてあった。
「インディーズの頃からずっと応援してたんだけど最近有名になっちゃってチケット取るの難しくなってたんだ」
なるほど。一気に知名度が上がった変わりに昔からのファンは今まで通りに応援できなくなったってことか。
「有名になるのは嬉しいよ。彼らの頑張りが認められて、報われたってことだから」
少し遠くの空を見ながら、女が言う。
「でも、なんだか少しだけ寂しいな」
こんなセンチメンタルな顔見せるのはめずらしい。
いつだって太陽みたいに輝いて笑う奴なのに。
「チケットくらい、俺に言えば用意させたぞ」
「ふふ、タカシにお願い事すると後々めんどくさそうだからね」
他の男が女を喜ばせたのが気にいらないのか少し不機嫌そうにタカシが言うと女がいたずらに笑いながら言ったのは半分正解だけど、半分間違ってる。
たしかにタカシに頼みごとをしたり貸しを作ると後が恐いが、女なら話は別。
いつでもどんなことでも無償でなんでもやるだろう。それでもし女がはじけるような笑顔を見せてくれるなら。喜んでくれるなら。