夜もどっぷり更けて、あと数時間もしたら月が太陽にポジションを受け渡す頃、女がラスタ・ラブから出た。
思う存分、気が済むまで好きな音楽と共に踊った女は機嫌がよくてそんな幸せそうな女を見て俺とタカシも嬉しくないはずがない。
「今日はありがとうね、タカシ」
「これは今回のトラブルの礼でもあるからな」
「お礼されるようなことはやってないけど、楽しかったからいいや」
にっこり、アルコールが入っているってのに曖昧じゃない、はっきりとした笑顔を見せる女。その笑顔は酒で痺れかけていた頭をすっきりさせてくれる。
「車を用意しておいた。乗って行け」
「用意周到っていうかなんていうか…。タカシみたいに気の回る人、初めて会ったかも」
驚いたように褒める女の言葉を受けてタカシも満更でもなさそうに笑ってる。
こんな至れり尽くせりな特別配慮は女限定だけど、言う必要も気づく必要もないだろ。
「それじゃあ、またね」
「あぁ、おやすみ」
「またな、女」
アルコールで少し体温が上がった小さく柔らかい身体を軽く抱きしめて、親愛を示す。
身軽そうにとん、とストリートに足を踏み出して目の前に止まっているメルセデスに向かって行く女に、タカシが声をかける。
「女、」
「…ん?」
くるりと身を翻して、呼びとめたタカシを真っすぐな瞳で女が見る。
そのくすみの無い、澄んだ瞳に自分が映ったことに気を良くしたタカシは、唇の端をつり上げてめずらしく大きな声を出した。
「女、おまえ、いい女だな!」
見たことも無いような、タカシの嬉しそうな純粋な笑顔に俺はもちろん運転手のGボーイも驚いて目を丸くする。
女もさすがにいきなりのことに不意を突かれてきょとんとした後、すぐに不敵な笑みを浮かべてタカシを見る。
「なにを今更!」
タカシに負けない、張りのある声で叫び返すと、闇の中でもはっきりわかるような明るい笑顔を見せてからまたメルセデスに向かって行く。
「アディオス」
ひらり、軽快に手を振って、自由の国に生きる女は車に乗って、ドアを閉める。
夜更けの池袋を滑るように走るメルセデスが見えなくなるまでじっと動かないで見つめているタカシの瞳には見間違えようのないほど確かな愛情が篭っていた。
思えば、この日だったのかもしれない。
タカシの心がまっすぐに定まったのは。思いを確信して、咀嚼して、飲みこんだのは。