「よーす。昨日ぶりー」
ラスタ・ラブの熱気が軽く倍に膨らんだから何かと思ったら、今日の主役が颯爽と登場したのが原因だったみたい。
愛車のキーをGボーイズに預けて笑いながらVIPルームに入ってきた女は見たことないアメリカのブランドの服を着ていたけど、首にはまたあの赤いマフラーが巻いてある。
女の明るくはっきりした笑顔と鮮やかな深紅がマッチしてそこだけライトの数が多くなったみたいに明るくなる。
「なんだ、車で来たのか。飲まないのか?」
「んー?」
必要なら迎えに行ったのに、とマフラーと同じ色のMR2を停めに行ったガキを見ながら、座り心地最高のソファーに腰掛ける王様が聞くと女はいたずらっ子みたいに目を光らせて、言う。
「飲むよ。車はまたあずかっててもらおうかな」
飲むつもりなら、尚更なんで、と言うよりも早く女がまた口を開く。
「だって、そうしたらまたこの辺りに顔出さなきゃいけなくなるでしょ」
それは、お転婆で素直なとこなんてめったに見せない手のかかる猫の見せた、小さな素直な意思表示。
いままでなんの躊躇もなく俺とタカシから去って行こうとしてたのに、これは初めての女からの次の話。
良い男にも高い服にも執着を見せなかった女が、少しは俺たちに執着して、また会いたいと思ってくれた、ってことでいいんだろうか。
「そうだな。いつでも好きな時に引き取りに来い」
そんな女からの初めての歩みよりにすっかり気を良くした王様は隠すことなく笑って女のドリンクを注文する。
「私も下行ってくるね」
「あぁ。好きな曲を言え。かけるように言ってある」
「ありがと!」
アルコールが少し回って気持ちよくなってきたのかにこにこ笑いながら女が下に降りて行く。
そんなお姫様を見守るタカシの顔はどこまでも優しい顔で、こんなに機嫌がいいタカシは見たことない。
VIPルームまではガキの出す雑音は入ってこないけど、会う奴会う奴全員が女に声をかけて、それに女が見てるとこっちまで笑顔になっちゃうような顔で言葉を返しているのがわかる。
Gガールズもキングのお気に入りの女だっていうのにみんな嬉しそうで、昔からの仲間に会ったみたいにはしゃいで笑ってる。
Gボーイズの中には女の事をマジで気にいってる奴がいるのも見て取れるけど、それ以前にキングがマジなのも分かってるから手を出そうなんて考えてる奴は1人もいない。
まぁ、そうだろうな。だってみんなもまだこの池袋の街で馬鹿やって遊びたいだろ?
リクエストした曲がかかったのか、最高にご機嫌な笑顔で身体を動かす女。
流れるように、しなやかな身のこなしはすっきりしてるのにどこか官能的でセクシーだ。
「………良い女だと思わないか、マコト」
瞬間俺の頭の中を覗かれたのかと思って焦ったけど、タカシはいつも通り読めない笑みを浮かべててわからないから素直に白状するしかない。
「あぁ。あれは本当にいい女だよ。初めて会った、あんな奴」
俺の言葉の端々まで聞きながらこっちをジッと見るキング。
きっと俺の表情を読んで女に対してどんな感情を抱いてるのか見極めようとしてるんだろう。大親友と女の取り合い、なんて安い昼ドラも裸足で逃げだすお粗末なシチュエーションに陥らないために。
俺だってそんなのごめんだ。
「……でも俺はあいつとは友達でいたいと思ってる」
女として見る気は無い、とほのめかすと察しのいいタカシは薄い唇を上げて笑った。
「そうか。…俺も、あんな女はじめてだ」
そりゃそうだろう。
女は独自の世界を持っていて、それを確立させている。
それは頭のぶっ飛んじゃった奴の作りだすようなクレイジーなだけの世界じゃなくて、女が女らしく生きる、自由に羽を伸ばす世界。
それは酷く居心地がよくて、近くにいるだけでこっちの心も軽くなるような気がする。
めんどくさい建前とかお世辞とかを捨て去って、ありのままでいられるんだ。惹かれないほうがどうかしてる。
夜は深みを増して、寒さは渦を巻いて襲ってくる。
冬ってのは単に気温だけじゃなくて心の温度まで奪って行くから好きじゃなかったけど燃えるようなメタリックレッドのスポーツカーに乗って長い赤いマフラーを首にかける女は気温の低下と共に失われていた色を復活させる。
下手したらモノクロに見えかねない世界なのに女のいるその場面だけ明るく色づいて輝く。そしてそれは鮮明に記憶に残って、離れない。
存在自体が太陽に似た奴なんだ。
地球上に生存している生物として、惹かれないわけがない。