つい一昨日、女を迎えに行った家の前に、また黒塗りのメルセデスが停車する。

この間は夜でよく見えなかったけど昼間見てみるとその家は由緒正しそうな和風な家なのがわかる。


タカシがガキの前では絶対見せないような顔をして女の母親に手土産を渡すのに倣って俺も家から持ってきたいちごを渡すと娘の強気な笑顔を少しマイルドにしたような顔で笑ってくれた。
これが歴史を作ったレーサーか。




「おー、本当に来たんだ。ようこそ」



奥の畳の部屋に通されるとおばあさんに振袖をかけてもらってる2日ぶりの女の姿。
薄着の楽な服を着たまま着物を肩にかけて、母親達に長さを調節されるがまま笑ってる。



「今日はサイズ合わせるだけだからね。でも、綺麗でしょ」



着せ替え人形みたいに腕をぴんと伸ばしたまま、突っ立ってる俺とタカシに女が言う。

それは着物の事なんて全く分からない素人の俺にでも一目でわかるくらい上品で高そうな振袖だった。
毎年よく見る頭の軽そうな女が着てる安っぽい着物しか見たこと無かったからあれが普通なんだと思ってたけどそれは違ったみたい。
日本の文化はやっぱり美しいよな。



「見事な振袖だな。綺麗だ」



女の親がいることも気にせずさらりと言ったタカシに女は照れる素振りも見せずに誇らしげに答える。



「お母さんの振袖なんだ。その前はおばあちゃんのだったの」



歴史ある由緒正しい家って言うのはこういう事を言うんだろうな。
俺は親から受け継いだ服なんてひとつもない。



「襦袢から始まって振袖、帯、下駄入れまで選びぬいてあるからね。そこらへんの振袖とはちょっと違うよ」

「へぇ、いくらくらいなんだ?」



あまりにも嬉しそうに言う女に、つい俺の庶民的な口が滑る。
下世話な質問だった、と後悔するけど、伝統深い着物を羽織った女は気にした様子も無くさらりと答える。



「車くらいは買えるよ。どんくらいだっけ?」

「ポルシェは軽いかな」



帯を巻いている母親に女が尋ねるとこれまた軽い調子で言う車好きな親子。


車と同じ値段の服なんて見たことのない俺は軽い眩暈を感じたけど王様はさらに女を気にいったみたいで楽しそう。



「それで?成人式はいつなんだ?」

「9日だよ」

「俺も、女の晴れ着姿を見に行ってもいいか?」



びっくりしてタカシを振り返るけど、当の王様は俺なんて眼中に無いみたいで未だに帯の調整をされている女をじっと見ている。


「うん?いいよ、別に。おいでよ」



おいでよ、か。なんて軽い奴。この軽やかな身のこなしは現代の日本人が忘れちゃってるものだ。持つものが多くなると、尚更ね。なのにこのお嬢さんはスポーツカーと張りあう振袖を持っているのに身が軽い。


時間と場所を言う女をじっと見つめる。
そもそもこいつは初めて会ったその瞬間から身が軽かった。
初対面の俺たちのトラブルに二つ返事で手を貸して、その翌日には一緒にクラブまで言って身体を張って情報を手に入れてくれた。
これがアメリカで暮らし馴れた奴の生きざまか、と惚れ惚れする。
心の軽さが身体の軽さに直結してるんだろう。
他人に対して閉ざしたところがなくて、すぐににこにこしながら楽しいことを探し回る。
そんな、女の自由な所に俺は惹かれるんだ。それと、きっとタカシも。



「どうせなら、夕ご飯食べて行く?」




調節が終わったのか振袖を脱いで清々した顔の女が俺とタカシを見て微笑む。
ほら、軽いだろ?



「でも、迷惑じゃないか?」



めったにない常識人振りをタカシが見せて、女の母親を気づかう素振りをするけど、身軽な女はタカシと俺の心配なんて軽く笑い飛ばした。



「大丈夫大丈夫。2人増えたくらいで、どうってことないよ」



2人とは言っても、大の男が食う量は半端じゃないことを分かった上で言っているんだろうかこのお嬢さんは。



「いつもお兄ちゃんの友達5人とか飛び入り参加するからね。おばあちゃんはいっぱい作る癖ができちゃったんだよ」




困ったように、でもどこか嬉しそうに言う女を見て、その兄貴と友達のことが好きなのが伝わってくる。

自分以外の男に好意を見せた事に若干不満気なタカシと、天真爛漫な女とその家族にごちそうになった夕飯の事を、俺は一生忘れないだろう。

女の言った通り、女のおばあさんの作る夕飯はでたらめに量が多くて、毎晩ぴったり七時に帰って行くのが頷けるほど美味かった。

タカシは普段見せないような笑顔を0円サービスしまくりで、女の家族はみんな気さくでいい人達ばかりだった。俺は基本的に育ちの良い奴はちょっと苦手なんだけど、なんだか女は気取らないしありのままでいてくれるから付き合いやすいんだよな。


会ってからぴったり一週間しかたってないのに、タカシがこんな風に心を許して、女だけじゃなくその家族にも笑いかけるなんて少し前の俺だったら完全に信じられなくてなにか裏を疑ったけど、一週間という期間は俺たちに女の魅力を伝えるには充分すぎた。

タカシにはユウリがいて、俺にはリンがいる。
頭では分かっているし、リンの事を愛していると感じるけど、正直タカシのここまでの本気を見せつけられなかったら、いま飯を食いながらも女を熱い眼差しで見つめていたのはタカシじゃなくて俺だったかもしれない。
タカシはマジだ。俺は長い付き合いの親友と泥沼、なんてことになりたくないから、それがぎりぎりのところで俺に自制をかけてくれてる。
でもそんなことを知りもしないタカシにはなんの枷もない。

王様はいままでどんなものも、欲しい物は手に入れて来た。
地位にしろ、一本二十万のオーダーメイドの傘にしろ、限定ものの服だってそうだ。
そんな我儘な王様は今回はこの女を手に入れるんだろうか?


その時に笑うのは誰か、泣くのは誰か。

この時俺が間違いなく祈っていたのは、一度ぼろぼろに傷ついたユウリの笑顔でも、ダチのタカシの笑顔でもない、ただ真っすぐ笑う女の元気で眩しい笑顔だって知ったら俺の少ないファンはさらに激減しちゃうかもな。
でもな、みんなもこいつに会ったら分かると思うんだ。
それほどいい女なんだよ、本当に。

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