到着した建物は骨董品と呼ぶのがぴったりな、分かりやすく言うとボロいアパートだった。

音も無く停車したメルセデスからGボーイズの特攻部隊が飛びだして、キングの指示通りに滑らかに建物に入って行く。



「女は俺から離れるなよ。すぐ終わる」



タカシの予言通り、俺達が室内に入った時にはもうすでに制圧は終わっていた。
プラスチックコードで縛りあげられた男たちは醜く呻きながら毒を吐く。



「てめぇら、こんなことしてただで済むと思うなよ!この、糞野郎共が!」


少ないボキャブラリーの許す限り喚くのはこの前クラブでだらしなく顔を崩して女の腰に手を廻していた奴。

タカシはしっかりそのことを覚えていてむかついたのか、それとも汚い言葉を聞きたくなかったのか白いブーツの踵が男の顔面に沈む。



「黙っていろ。少しでも長く生きていたいならな」



静かに、でも反論を許さない口調でタカシが言うと一斉に男達は口を閉ざす。
頭は空っぽでも本能で弱肉強食のルールは感じ取ったみたい。もっともタカシの蹴りを喰らった奴は前歯が折れて口を開くどことじゃなかったけど。



「キング、奥の部屋にいました」



特攻部隊の奴が案内するままに汚い室内を歩いて行くと、布団の引きっぱなしになった部屋に6人の裸の女が転がっていた。
全員クスリをやられたのか、意識があるのは半分だけで他の奴らは死んだように汚物と体液で汚れた床に倒れこんでる。辛うじて気を失ってない奴も自分と男の体液で汚れて、顔も身体もぐちゃぐちゃに汚してる。



Gボーイズがそれぞれ持ってきてた布団で女の身体を包むよりも早く、女が無言で前に出てきて、制止の言葉をかける暇もないまま次々自分の着ていた服を意識のある女達に着せて行く。


ディーゼルのセーターに始まって、ポールスミスのパーカー、挙句の果てには日本では非売品のクロムハーツのセーターまで。
どれもこれも一つずつが俺の月給といいとこ勝負の値段のはずなのに、なんの躊躇も見せないままどろどろに汚れた女達の身体に着せる。

キャミソールだけになったところで、静かに女は振り返る。

その目には、薄い涙の膜が張っていた。


そりゃそうだよな。
こんな光景を見てショックを受けない女はいかれてる。

女が男に辱められて、屈辱の極みを味わったところを見せられて、嫌な気分にならないはずがない。



「…許さない」

「………殺そうか?」



静かに怒る女の呟きにタカシが物騒な台詞で返す。
タカシなら、女がそう願うのなら本当にこのくらいの人数をこの世になかったものにできる。



「殺しは、しなくて、いい。タカシに人は殺して欲しくない。こいつらの罪を無かったものにしたくない」



聡明なお嬢さんだ。世界一の教育ってのはただ頭がいいだけじゃ受けられるもんじゃないらしい。女は、賢い。


女の言葉に床に転がっている男達は安堵の表情を浮かべる。
人の好意に付け入ることを、ズルをして物事の間を上手にすり抜けることを知ってる下品な顔。

その顔に潔癖な俺は不快感を抱いていると、次に出て来た女の台詞で奴らの顔が面白いくらい青く変わったから思わず笑いそうになってひっこめる。



「でも生殖機能を失うくらいが妥当な処置かな。こんな奴らがこの世に子孫を残してもなんの得にもならないから」



さらりと言ってのけた女の言葉に王様は雪山に吹く風みたいな笑みを漏らす。

おっかない女。殺しはしないけど容赦もしないってこと。



「それは名案だな。運んでおけ」



あっさり同意して筋肉隆々なGボーイズ達に指令を下すタカシを男達はぶるぶる震えて見ている。

そりゃそうだよな。俺も想像しただけで震えが来る。女は怒らせないようにしよう。



「女、着ておけ」



女達も運び出して、外に出たところでタカシが白いダッフルコートを脱いで、女に服を全部やってキャミソールだけになった博愛主義者にかける。


外は完璧装備な俺でさえ背中を丸めちまうほど寒いのに、キャミソール1枚の女があまりにも堂々と背筋を伸ばして、夜空を見上げながら白く細い息を吐いていたから思わず忘れるところだった。



「ありがとう。………、あったかい」


サイズの合わないコートに素直に袖を通して、顔をうずめる女は世界中の神様の愛を一身に受けているかのように美しくて、儚くて、見惚れる。


帰りは言葉も少ないまま女を家まで送ってから、別れた。


別れ際にタカシが礼も兼ねて近いうちにまた会いたいと言うと白いコートを着たままの女が言う。



「明日と明後日は成人式に着る着物の調整があるけど、その後なら予定ないよ」

「へぇ。振袖か。見てみたいな」



もう何度目かになるか分からないけど、あえて言わせてもらう。
タカシがこんなに女に興味を表わしたところを、俺は見たことが無い。
前までのタカシなら女の成人式の振袖なんかにもちろん興味ないだろうし、お礼に会いたい、なんて自分から言い出したこともなかった。



「いいよ。見たいなら来ても」


そんなこと知る由もない女は極めて軽く言いのけて時間と場所を告げて、またハグを送って家の中に入って行く。



「おまえが女の着物が好きだったなんて知らなかったな」


女の姿が消えてから言うとタカシは灯りのついている家から視線を外さずに言った。



「たまには日本の文化に興味を持つのもいいだろう」



自分の年の成人式の日付も知らずに、もちろん式に出ようなんて欠片も思わなかった奴がよく言う。まぁ、俺もなんだけどね。


女は一体どんな顔をして着物を着るんだろう。
きっとあいつならどんなものでも見事に着こなすんだろうけど。


たったの2日も女から離れられないタカシは、ついこの間まで女を鬱陶しがってた奴と同一人物とは思えない。俺とこんなに長い時間一緒にいるのも久しぶりだし、なんだか学生時代に戻ったみたいで懐かしい。
昔はこれが普通だったのに、いつから変わっちまったんだろうな。

女は俺たちに忘れてた感情や情景を思い出させる。
その度に俺の心はがむしゃらに暴れて叫びだしそうになるけど、それがどうしようもなく心地いいんだ。


初対面の女のためになんの躊躇も無く値の張る服を差しだした女の顔を思い出して、出来れば今日見た嫌なことは考えずに安らかに眠って欲しいと願った。


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