2日ぶりに会った女の纏う空気は乾ききっていて、目が静かに燃えていた。
たまたま事の流れで乗りかかっただけのトラブルでも博愛主義者のこいつにとって今回の事件は腸煮えくり返るものだったみたい。


風のせいで外は体感温度が軽く氷点下を下回ってるっていうのに、俺たちが着いた時は家の前に既に立って待っていた。

アメリカ育ちの女の今夜の戦闘服はカラージーンズにクロムハーツのセーター、ポールスミスのパーカーの上にディーゼルの毛糸のコート。
ポールスミスのボーイッシュなパーカーが縫い目の粗いコートに合っててお洒落。



「暑い。窓開けていい?」



俺とタカシに目だけで夜の挨拶をして無言のまま車に乗り込んできた女の第一声はこれだった。

メルセデスの中は真冬だっていうのに半袖でも快適に過ごせる温度。だけどどうやら男物の服をかっこよく着こなすこいつはお気に召さなかったみたい。



「かまわない」



タカシが答えると早速女はボタンを操作して窓を開ける。
冷たい空気が入り込んできて、車内は静かにクールダウンして行く。



「あー、きもちい。呼吸が楽」



ゆっくりと夜風に目を閉じて深呼吸する女。
コンクリートに挟まれて冷えまくった空気が肺を刺激して痛いくらいだけど、女はこれがいいみたい。



「暖房嫌いなんだよね。寒いのが好きなの。…まぁ冷房も嫌いだけど。」



でもこれ以上冷やしてもみんなの手が冷えちゃって鈍くなったら困るからね、と軽やかに言って窓を閉める女。車の中に入り込んできてた冷風が止んで、肌にじりじり体温が戻ってくる。

今夜のメンバーは女と俺とタカシ、それとGボーイズきっての戦闘部隊編成だ。池袋の王様のテリトリーに手を出した哀れな奴らを粛清するためにね。


俺は荒っぽいのは苦手な質だけどなんだかんだでいつも付いて行く。なんて友達思いな俺。


誰も影で活躍する俺の事を労ってくれないしかたなく自画自賛してると、俺の手になにかが触れたからびっくりして肩が飛んだ。


「マコトの手は働く男の手だね」



どうやらその正体は女の手だったみたいで、やわらかく温かい手が俺の手を包む。

言われて、2日前の夜みたいに自分の手をよくみてみると、いつもいつも重い果物の入ったダンボールを抱えてるせいかいくつか肉刺ができていた。


「皮が厚くて、ざらざらしてる」

「そうか?」


いままでそんなにしげしげ観察したことなかったから、変な感じ。
しばらくいじって満足したのか、今度はタカシの手を触る。


基本的に人との関わりを求めていない氷の王様が女のするがままに黙って手を触らせていて、びっくり。
そんなこと気づいてもいない女は無言で、表情の無いままタカシの手を触ってる。


そして少し沈黙が長くないか、と思い始めた頃、暖房を切って静かになった車内に女の呟きが響いた。



「…タカシの手は、……人を傷つける手、だね」



息を飲む声がふたつ。
ひとつは俺ので、もう一つは運転手の。



「骨が出てて、細い。けど、人を傷つける手だ」



もう一度確認するように言いながらも女はタカシの手の観察を続ける。

人を傷つける手、か。
タカシは天性のセンスでいくつものストリートを拳で渡ってきたから、それも仕方ないことだろう。
こいつの拳無しに、今のタカシはあり得ないし、Gボーイズもありえない。



「そうだろうな。俺は数えきれない数の人間を殴ってきた。この街で生きるって言うのはそういうことだ」



誤魔化しも隠しもしないタカシが言う。
確かに、俺もタカシほどじゃないけど何人もの人間を傷つけて来た。



「女みたいな綺麗な手のまま、ってわけにはいかないんだ」



自嘲気味に言いながらタカシが触られていた手で、逆に女の小さな手を包み込む。
だけどそれもつかの間、女はでかいタカシの手から抜け出して、また握りこむ。



「でも、それをもし他人のために使えれば、タカシの手は護る手になる」



哲学的で、すっきりシンプルな台詞。俺も物書きの端くれとしてこんなこと言ってみたい。
いつも余裕をかましてるタカシも不意を突かれたのか、ただ女を見返す。



「今までだってそうだったんでしょ?沢山の子を守ってあげたんでしょ?今回だってそうだよ。タカシは傷つけに行くんじゃない。助けに、護りに行くんだ」



荒っぽいことには間違いないけど、それは視点を変えるとたちまち価値のあることになるんだって俺は女と出会ってから知った。

俺の手もなにかを傷つける変わりになにかを護ってこられたんだろうか。
そうだといいな、と星も見えない空に願う。無言で黙りこんだタカシもきっとそう思ってるんだと思う。
だって、こんないい女がそう言ってくれるんだ。願わないわけがないだろう?

夜の空はいつだって暗くて、遠く先のことなんて見えないけど、もしこのきらきらした言葉と笑顔を見せる女が隣にいてくれるならどこまでも暗闇を歩いていけると思ったんだ。

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