二百人近いGボーイズがウエストゲートパークを埋め尽くす。ガキ達の視線を集めて1人前で話すのは白いダブルコートを着てるタカシ。今日の集会では一連の薬のバイヤーの話をすることになってたから俺も一応出席。リンとユウリも来ている。こいつらはなんだか仲良くなったみたいで一緒に立って笑ってる。うーん、美人が並ぶと絵になる。

見飽きたタカシの顔を見てるよりよっぽど有意義な時間の使い方だと判断して後ろの方に立って俺の可愛い彼女とタカシの女を見ていると、駅の人ごみに紛れて小さい影がこっちに向かってくるのが見えた。

あれは、女だ。

随分遠くからでもはっきり認識できる。
不景気面した奴らが寒さと不幸に背中を丸めて歩く中その女だけが背筋をぴんと伸ばして踊る様に軽快に歩いてくる。



「おー、遅刻、かな?」

「いや、さっき始まったとこだ」



赤いマフラーを巻いた女はやっぱり昨日と同じ女で退屈だった集会に鮮やかな色を差す。リンも俺と話す見なれない女の存在も気づいたのかこっちに来ようとしたけど、キングの方が早かった。



「女、来たか」

「うん。大事なMR2を人質に取られちゃね」



前で話していたタカシが唐突に話を切って女に声をかけるからそれまで大人しく前を向いていたガキどもが一斉に振り返る。軽く三桁を超すガキの視線を集めても女は平然としていて、ふざけてみせる。きっとこいつの神経に恐れる、とかいうものはないんだろう。どっかの王様に良く似てる。




「さっき話した女だ。今回のトラブルに手を貸してくれた。女がいなかったらここまでの手掛かりは得られなかった」




タカシの褒めつくしの紹介を受けて女が前に出るとガキどもの警戒心が一気に下がって歓声が上がる。Gガールズのきつい視線がないのはきっとこいつはGガールズの被害が出たトラブルだから。



「ハロー、みんな。乾いてて、冷たい良い夜だ」


ひらりとタカシの立っていた噴水の縁に上って女が軽い口調で話出す。
手をポケットに入れて、池袋の夜を味わうように目を瞑って息をする女から俺たちは目を離せなくなる。Gボーイズも静かに次の女の言葉を待つ。



「女の役割を、知っているか?…男の、役割は?」


空を見ていた女が目を開いて、自分を見つめるいくつもの目玉を見返す。
人っていうのは質問を投げかけられたら無意識に答えをさがすもんだ。
だけどいままでそんな役割だなんてややこしいこと考えたこと無かった俺はただひたすら女を見る。



「…そもそも男尊女卑のくだらない精神はどこから来たか知ってるか?」


黙りこくる俺たちに女はまた質問を投げかける。
男尊女卑。一昔まであたり前のように人間の感性のひとつだった。今じゃだいぶ男女平等も浸透して聴くことの少なくなった言葉。どこから来たかなんて無知な俺が知ってるわけもない。
それは他のガキどもも一緒だったのか女の問に答える奴はいない。よかった、教養の無い奴が俺だけじゃなくて。



「男尊女卑は人類の救済者、イエス・キリストが男だったから、そうじゃない女には価値がない、という馬鹿げたところから生まれたんだ」


するりと淀みない口調のまま女が答えを出す。
いつの間にかGボーイズの集会から女の演説会場になってるけどそんなことを気にする奴は誰もいない。


「でも、ちょっと考えてみてよ。そのイエスはどこからやってきた?どこから生まれて来た?………マリアからだろ?」



言われて、雷に打たれたような衝撃を受ける。
誰もが知っている、あたりまえの事。だけど意識したことの無い事。
あたり前のことなのに、誰も知らない。


「女であるマリアがいなかったら救済者は生を受ける事すらできなかったのに、男はその生さえ得られないのに、その女を卑下するとはどういう了見だ」


静かに、夜風にそっと乗せるように喋る女の言葉はすっと俺たちの心に入りこむ。
防寒は完璧なのに、鳥肌が立つのがわかる。身体の内側が、熱い。

不意に女が自分の掌をこっちに向ける。



「自分の手を見てみろ。女の手は小さく、柔らかく華奢だ。…それはいつか生れる小さな小さな愛しい生に精一杯の愛を注げるように、そうなってる。男の手は骨ばってて、固く大きい。その手はなんのためにある?自分の愛した女とその小さな命を守るための手だろう?」



しげしげ自分の掌を見てみると、たしかに女の言った通り固くて無骨な手だ。そうだよな、この手はでかいスイカを運ぶ以外にも大切な使い道があったんだ。
前に立つ女の手は小さくて、柔らかそうだ。それこそ男の俺が力を入れれば潰れちゃいそうなほど。


「女は生命を生み、男はそれを守る。それを犯す男は生を所有する価値すら、ない。」



はっきりと攻撃的な口調で言い切る女にGボーイズの熱が少しずつ上昇していくのが手に取るように分かる。


「守るべき対象の女を傷つけて、それでその男になにが残る?支配欲?制圧したという優越感?捨ててしまえ、そんなもの!」



そうだ!よく言った!とオーバーヒートしたGボーイズが声を上げる。熱が最高に上がってるのはGガールズも一緒で、ぎらぎらした熱い視線を女にぶつける。


そんなガキどもを見て、女は手を下げ、今度は打って変わってぽつりとつぶやく。


「あいつの手は、女を陥れて、汚す手だった。」



昨日の事は女の来る前にタカシが伝えていたからあいつ、の事が誰のことなのかみんな分かっていた。


「触られたとき、ぞっとした。そういう人間のハートには毒が回ってるんだ。どろどろになって、そのうち内側からその人間を腐らせて、更にはその周りの奴まで腐らせる」



ハートに毒。
たしかにそうかもしれない。ああいう奴って一様に腐った匂いがするんだよな。


「ああいう人間は弱い者を探すのが天才的に上手くて、蛇みたいにぬるりとその人間を餌にする」



静かに語る女の言葉を一字一句聞き漏らすまい、と誰もが身じろきを止めて、呼吸の音さえ小さくして聴覚の神経を集中させる。



「許せない。弱を退けてその上に立つ、そんな空っぽな事を快楽として受け入れる、そんな奴ら、許せない」


固く拳を握って静かに怒りを燃やす女を見て、俺たちの手にも自然と力が入る。


「みんな、怒ってるんだろ?仲間をやられて、身体の中にどうしようもない怒りが渦巻いてるんだろ?」



自分の手を見ていた女が再び俺たちを見つめて問いかける。
そうだ、怒ってない奴なんていない。仲間をやられて怒らない奴なんて、ここにはいない。



「見せつけてやれ!仲間に手を出したらどうなるかってことを、人類の屑の身体に、記憶に、刻みつけろ!」



赤いマフラーがひらりと女の鼓動と共に揺れる。
その瞬間Gボーイズからは池袋中を震わせるような雄叫びがあがった。俺も訳も分からず熱い何かが滾ってきて、身体が震えた。



「…all you need is love」



叫ぶガキから少し視線を外して女が噛みしめるように言うと、一瞬でGボーイズは静まり返ってまたカリスマ女を見る。



「人は、愛なしでは生きていけない」


死んじまったロックバンドの永遠の王の残した言葉を紡ぐ女はさっきまで力の限り語ってた奴と同一人物とは思えないくらい儚く、弱い存在に見えて不思議と胸が締め付けられたように苦しくなる。


「人は、弱い。…だけど人は1人じゃない。人生は素敵な出会いに満ちていて、きらきら輝いてる」



素敵な出会い。それはきっと俺とタカシによく当てはまる。
一昨日、あの時間にあの場所を歩いていてよかった。女に出会えてよかった、と心から思う。
小さな偶然と奇跡が折り重なって、でっかい宝物になる。



「その輝く女の子達の人生を、心を傷つけた男達は許せない。許さない。」



一字一句はっきりと明確に喋る女は人の心を動かす天才だと思う。
集中力の少ないガキどもをここまで惹きつけて、離さない。



「助けて、って擦り切れた、ひび割れそうな声でいまでも助けを求めてるかもしれない。…だけどそれは私には助けられない。みんなの、仲間の力がないと無理なんだ」



いつの間にか頬に塩水を垂れ流してる奴もいる。だけど俺もそんな奴らを笑っちゃいられない。なんでかって?俺も気を抜いたら頬を濡らしそうだから。



「…だから、私には応援することしかできないけど、だけど、だけど私はいつも、これからも貴方達みんなの幸せを、笑顔を祈ってます」


応援しかできない、なんて謙虚な奴。昨日のは完璧女のお手柄なのに。



最後の最後に、勝ち気な、惚れ惚れするくらい強い笑顔を見せて、女が言う。



「池袋の底力を、見せて」




地が割れそうな雄叫び。さっきのなんか比じゃない。
底力、か。人生の底辺を歩いてきたような俺たちでも、魂の奥の力を合わせればできないことなんてない。


数百人の拍手と歓声を受けながら、女は綺麗な笑顔のまま地に足を着ける。
まったく、本当に良い女。

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