「男の名前は川田庸一。やっぱりバイヤーみたい。私にも勧めて来た」
運転好きな女も流石に疲れたのか、それともアルコールを入れたことを気にしてか帰りは運転したいとは言わなかった。
その代わりに身体を張って手に入れた情報を話す。
「電話番号聞いといたから、調べてみて。実際に場所構えてるのは八王子の方って言ってた」
「そんなことまで聞いたのか」
「あっちから勝手に喋ってきたんだよ。あー、頭悪い女のふりすんの疲れた。…冷えた甘いミントティーが飲みたい……」
「最高の演技だったよ」
「男に触られたとこ気持ち悪い…シャワー浴びたい…」
本当に疲れたのか、女は白い喉をさらして首を後ろに反らす。
それを見てタカシの方が辛そうな顔をするんだから、ユウリの事を知ってる俺としてはすごく複雑な気分。
「悪かったな、Gボーイズのトラブルなのに巻き込んで」
「いや、私にできることなら協力したかっただけだから」
それに、と聞いたことのないような弱々しい声で女が続ける。
「犠牲になった女の子達はこんなの比じゃないくらい嫌な思いしたと思うから」
フェミニストだなんて横文字が日常に無理矢理入りこんできてもやっぱり男が女を傷つける事は終わらない。
俺とタカシには一生かかっても分からない気持ちをこの小さい嵐のような女は体中で感じて、知らないうちに傷ついてるんだろう。
「本当に、感謝する。助かった」
ウエストゲートパークに戻ってきて、やっと呼吸が楽になった感じ。やっぱり池袋の方が俺の肌に合う。
いつの間に手配したのかGボーイズの持ってきたミントティーをタカシが女に手渡すと疲れた表情のまま緩く笑って嬉しそうに飲みほす。
「マメな男だね。もてるでしょ」
軽口を叩ける余裕が出て来たみたいで一安心。タカシがここまで細かい気づかいを回すのは女だけだ、なんてことは言う必要ないだろう。
クラブ中の女の視線をひとり占めにしたキングは女のからかいに軽く笑うだけで流す。
「今日は運転して帰らないほうがいいだろ」
「このくらいじゃ大丈夫だよ」
「いや、未成年者に飲酒させたうえ運転まで許可できないな」
「タカシ、なにが目的?」
察しのいい女は好きだ。話してて気持ちがいいだろ?
タカシも気を良くしたのか薄い唇から冷たい息を零す。
「明日、ここウエストゲートパークでGボーイズの集会がある。その時にMR2は用意させておく。来ないか」
男の携帯番号も拠点地も名前もわかった。後はGボーイズだけでなんとかなるだろう。だけどそれはイコール女と会う理由が消える事も意味する。
タカシがこんな手を使ってまで女との次を確保したがるなんてありえない。女が来てから俺の大親友は隠れていた素顔を公開しまくり。
「まぁ、このまま万が一にも事故るより、いっか」
女も少しは俺たちとまた会いたいと思ってくれたのか、それとも本当に大切な車のためかは分からないけど明日もまたこの陽気な奴に会えるのは俺も嬉しい。
「でも、おばあちゃんのご飯食べてからね」
「あぁ、わかってる。迎えに行こうか?」
迎えをよこそうか?じゃなくて迎えにいこうか?って言うのが俺に対してと女に対してかける言葉のほんの些細な差。もちろん傷ついたりなんてしないさ。
「いや、いいよ。適当に電車でくるから」
「そうか…。じゃあせめて今夜は送ってく」
「いいよいいよみんなも疲れてるでしょ?タクシー拾うから」
今夜一番疲れたのは間違いなく自分のはずなのにどこまでも俺とタカシを気づかって譲らない女。結局タクシー代をタカシが持つことで話が付いた。
「それじゃあ、明日ね」
昨日と同じように女は俺とタカシにハグを送る。でも昨晩と違うのはこっちからもしっかりと抱きしめ返す、ってこと。
思い切り抱きしめた女の身体は寒い冬に固められた心を優しくほぐすように柔らかくて、あんなにべたべた男に触られてたっていうのに不思議と女は穢れから無関係かのように俺の身体の腐ってたところを綺麗にしていく。
なぁ、たまには人と思いっきり抱きしめ合うのっていいよな。
傷ついた時やどうしようもなく不安な時はためしてみるといい。人の身体の温度って、安心するもんだ。