流れるような女の運転でクラブに着いた時にはもうガキどもが最高潮に遊んで踊り狂う時間になっていた。
車を降りた女の隣を俺とタカシがガードするように歩く。
クラブ・ラカンテラは地元愛に満ちた俺にとってもちろんはじめてくるクラブだったけど、ガキの集まる場所なんて、どこも大差ない。
俺達は寒い冬をブチ破るようにがむしゃらに身体を動かすガキどものいるフロアを避けて迷わず二階に行く。
「やっぱりこういうとこはどこも変わんないんだね」
華奢な作りの椅子に座って懐かしそうに目を細める女。きっとエリート友達と行くアメリカのクラブを思い出しているんだろう。
「日本人はね、音楽がそこにあったら大体二種類しか行動の選択肢がないんだよ。聴くか、唄うか。…でも、アメリカ人はそこに踊る、っていう選択肢が自然に、生れた時からそこにあるの。ここはその日本人では敬遠されがちな価値観が生きてるから、嬉しいな」
「おまえも踊るのか」
「…今日はやめとくよ。目的が違うし」
「それもそうだな。こいつが片づいたら俺達の仕切ってるクラブに案内してやるよ。一晩中女の好きな音楽をかけてやる」
「それいい!素敵!」
気まぐれな王様が言った言葉に嬉しそうに女が答える。キングが言ったのはGボーイズが仕切ってるラスタ・ラブのことだろう。
こいつが女のためにクラブを貸し切りにしたってGガールズが知ったら、どうなるんだろう。想像しただけで恐怖。
そして、ユウリはなにを思うんだろう。
「女、何飲む?」
「うーん、私あんまりお酒くわしくないんだよね。よく行くクラブで友達がバーテンやってて、いつも私の好みの出してくれるから、甘えちゃって」
「男か?」
すかさず聞くタカシに笑いそうになるのを腹筋に力を入れて堪える。こいつは女のことになるといつものすかした表情なんて遠くの方に投げ飛ばしちゃうから、面白い。
「うん?男だけど、…どうかした?」
「いや、なんでもない。………どんなのが好みだ」
どうにか取り繕うようにタカシが女に聞くと形のいい唇を考えるようにとがらせてから言う。
「柑橘系の、すっきりしたのが、今は飲みたいかなぁ」
「柑橘系…、オレンジはいけるか」
「オレンジジュース大好き」
「それならミモザ辺りが癖もなくていいだろうな。マコト、おまえは」
タカシに聞かれてから、頭の回転がめちゃくちゃ速いはずの俺はしばらく脳の情報処理が追いつかなかった。タカシはもうモダンな作りの椅子から腰を浮かせて立つ準備をしていて、そしてこのタイミングで俺にもドリンクを聞いたって事は王自ら注文を取って持ってきてくれるつもりらしい。もちろんそんな経験は一度もない。
「いや、俺が持ってくるよ。タカシは女に変な虫がつかないように一緒にいてくれ」
冗談半分、本気半分で言って優秀な家来の俺は王のお飲み物を承って、席を立つ。クラブの女がちらちらタカシを見てるのがわかる。俺の事はスルーなのに、女の趣味って不思議。でもモデルみたいなタカシが側についてりゃその隣にいる女に声をかけようなんて立場をわきまえない男も寄って来ないだろう。
席に戻ってタカシの好きなドリンクをボトルごと投げて渡すと余裕に左手でキャッチして飲み始める。
「これ、飲んだことない。…美味しいね」
上機嫌でオレンジ色のドリンクに口をつけるお嬢さんを見てガキの王も満足気。きっと顔も知らない女の知り合いのバーテン男に訳の分からない対抗心でも燃やしてたんだろう。
「…さてと、これからどうする?」
ドリンクも頼んで、このはじめて来たクラブに馴染んだところで女が言う。アルコールが小さい体内に浸透してきたのか頬をほんのりぴんくに染めた女は気を抜いたら触りたくなっちゃうくらいの破壊力を持っていて、もう何回目か分からない謝罪を心の中でリンにする。
なんていうか、女は自然体なんだよな。
普通の女はタカシや俺みたいな良い男を見たら自分を良く見せようとするのに、女はどこもまでも女そのもので昨日会ったばっかりとは思えないほど一緒にいて心地いい。
そしてそれは確実にタカシも感じている。
「聞き込みでもするか?きっとGガールズに手を出した奴らはここを何度も使ってるはずだ。常連から手掛かりをつかめるかもしれない」
「どうだろうな。そのバイヤーは男なんだろう?男の俺やマコトが話を聞いて素直に唄うとは思えない。しかも客は意図的に女を選んでる」
「それじゃあ、私が頭の悪い女のふりして餌になるよ」
なんでもないように言った女の方を俺もタカシも会話を止めて見る。
酔っぱらってネジが緩んだか、とも思ったけどこれくらいのアルコールじゃ世界一の教育を受ける女の頭は少しも攻撃を受けないらしい。女の目ははっきりとした意志を持っていた。
「危ないかもしれないんだぞ」
「大丈夫だよ。まぁ上手くやってみるから、タカシとマコトは少し離れて見ててよ。そうしたらもし本当に危なくなったら助けてくれるでしょ?」
俺が念を押して聞いたら、なんとも俺とタカシを信じきった答えが返って来て豆鉄砲で打たれたような衝撃を受ける。
そもそもこのお嬢さんは頭はいいはずなのに警戒心が弱いんだ。昨日の今日会った俺達にのこのこ付いてきて、もし俺達が悪いお兄さんだったらどうするつもりだったんだろう。
女は俺達の事を信用し過ぎだけど、でもアイディアは悪くない。
確かにもしそのバイヤーが近づいてきて昨日会ったばっかりの俺たちのお姫様によからぬ事でもしようとしたら街中を駆け抜ける北風より速い拳を持つ男が出て行くだろうし。
「…嫌になったら、言うんだぞ」
「りょーかい」
これは王なりの承知のサイン。でも女はタカシの心配なんてどこ吹く風で軽くひらひら手を振る。
まったく、肝の据わった女だ。