「Victoria、」
会議室を出て、そのまま女子寮に向かおうとするVictoriaを引き止める。
きょとんとした顔で振り返るVictoriaの隣の柴崎は全て把握したのか、「私は先に戻ってるね、」と言い残して去って行った。
廊下に残された俺と、Victoria。
いや、残された、っていうのは変か。俺が望んで作った状況なのに。
「…やれるのか」
なんで呼びとめられたのかまったく分からない、という顔で突っ立っているVictoriaに、言葉を投げると、俺の言葉の意味を理解したのか少し表情を緩めた。
「どうしたんですか?今回はずいぶん心配症ですね」
Victoriaはそう言っておかしそうに微笑んだけど、俺は笑ってもいられなかった。
こいつに対して余計な心配をめぐらすのは今回が初めてじゃない。Victoriaが、気づいていないだけだ。俺が、隠しているだけだ。…そして、他の奴らは大体気づいてる。
「大丈夫ですよ。麻子もいますし、それに図書館の中じゃないですか。なにかあったらなんとでもできますよ」
まだ黙り込んだままの俺にVictoriaが言ったことは尤もだった。
柴崎がいれば万が一なにかあっても適切な対応と最速でできるだろう。
だけど、それでもやっぱり心配は拭えない。
こいつは以前雑誌の袋とじを開けようとしていた男の欲望にぶつかって、動けなくなっていた。
その欲望の対象はVictoriaじゃなかったのにも関わらず、それを目にしただけであのショックの受け方だったんだ。
それなのに今回はその欲望の矛先はVictoriaに向けられることになる。
Victoriaにとっては恐らく最も怖い事のはず。
普通の女の子なら逃げ出してもおかしくないような状況。
それなのにこいつはあろうことか自分から立候補までした。
いくら図書特殊部隊だといっても、やるべきこととやらなくてもいいことがある。
なのに…、
「私はその女の子と、小牧教官の心を傷つけたのが許せないんです」
ずっと思案顔でどうにかこの状況を打破することはできないか考えていたら、強い声に釣られて顔を上げる。
視線を上げた先には、強い笑顔で笑うVictoriaがいる。
「私の大事な人を傷つけるのはどんなことであっても許しません。私の守らなきゃいけないカテゴリーには女の子の他に光も小牧教官も、それと堂上教官も入っているんですよ」
いたずらに笑ったVictoriaがあんまり綺麗で、思わず見とれる。
「だから私の大事な人の大事な人を傷つけることも許しません」
そう言ってまた微笑むVictoriaを、心から綺麗な純粋な存在だ、と思った。
そんな、俺のことまで守りたい、なんて。
俺がおまえのことを守りたいのに。
こいつを危険な目にあわせるのは嫌だけど、ここまで言われたらなにも言えない。
俺は、ただサポートすることしかできない。
「……俺に出来ることがあったら言えよ」
「はい!」
頭を撫でたその下には真冬をも照らし上げる明るい笑顔があって、俺の頬も自然にゆるんだのがわかった。