十二時四十分を以て図書隊が図書放棄をした、と聞いていままで溜め込んでいたいろいろなものと一緒に息を吐く。
最初から良化隊への置き土産を用意しているのは知っていたから、この放棄するものはそれらの図書だろう。
私達が、勝ったんだ。
聞いた話だと負傷者は多少出たけど図書隊から死者は出なかったらしい。
よかった。本当に、よかった。
そんな私を見ていたのか、稲嶺司令は優しい笑顔を向けてくれた。
「無事に終わってよかったですね」
「っ、はい!」
この人の笑顔を見ると、すごくほっとするのは、やっぱり人柄だろうか。
司令と直接会ったのは図書特殊部隊に任命された時以来だったから少し肩に力も入っていたけど、式典での出番も終わったいまはもうリラックスして対応できる。
そんな不思議な力を、この人は持っている。
「あとは戻るだけですね」
「そうですね。あと少し、よろしくお願いします」
「はい!」
稲嶺司令は私みたいな平隊員にまでこんなに対応が丁重だ。
本当の偉い人っていうのはこういう人の事なんだと思う。
だけど、ずっと穏やかな笑みを浮かべていた司令の顔に緊張が走ったのが見えて振り返ると、そこには六人の男達が立っていた。
明らかに友好的じゃない態度にこっちも警戒心を剥き出して立ち会うと男の一人が口を開けた。
「我々はメディア良化隊に賛同する政治団体、麦秋会だ」
メディア良化隊、という単語に自分の右手が微かに揺れた事がわかった。
いまのは咄嗟に腰にある銃を取ろうとしたんだな、と自分の事ながら冷静に分析する。
だけど私達の発砲権は図書館敷地内に限定されてるから、こんなところで発砲したら問題になる。
「稲嶺和市の身柄を渡してもらおう」
その言葉を聞いて、自然と視線は司令に集まる。
冗談じゃない。
こいつらの目的はどうせ今日奪った書籍の廃棄、とかだろう。そんなことために司令をこんな奴らに引き渡せるわけがない。
あっちは六人。
こっちは護衛三人に私と車いすで自由のきかない稲嶺司令。
少し分が悪いことはたしかただけど、やれない人数差じゃない。
そう護衛の人も思ったのか、一人が一歩踏み出した。
そうするとそれを見計らったかのように麦秋会の男の一人が声を張り上げる。
「抵抗するなら、会場を爆破するぞ!」
そう言われて護衛の人が悔しそうに一歩下がったけど、私はその真逆の行動をした。
素早く銃を抜いて、テンポよく三発迷わず一発ずつ男達の右骨盤を狙って撃つ。
早撃ちにも結構自信あるんだ。
私に釣られたように護衛の人達も麦秋会の残りの三人を拘束する。
一対一で対抗されたらやっぱり対抗できないのか、あっさりと事は済んだ。
残されたのは私の撃った火薬の匂いと、少し驚いている稲嶺司令、本部に連絡を入れているであろう護衛の人と、悔しそうな男達。
「どうして、嘘だとっ…!」
「…ん?」
腰骨を撃たれて身動きできない男が、地面に倒れたまま憎しみの籠った眼差しで私を睨んでくる。
「内緒です」
少しおどけてそう言うとさらにきつく睨んできたけど、やっぱり嘘だったのか、と安心する。
会場を爆破する、と言った時、この男の口角が少し上がるのが見えた。
それと仲間の一人の瞬きが少し不自然になったのも。
それは気を付けないと簡単に見落としてしまうくらいの小さい嘘のサイン。
五分五分くらいの確立だったけど私の勘は鈍ってなかったみたいでよかった。
でも、また撃っちゃったな。せっかく堂上教官が私は戦わなくていいようにしてくれたのに。台無しにしちゃったよ。ごめんなさい、教官。
また、私の心の中はからっぽだった。
良化隊関係者を撃つと襲ってくるこの空虚感はなんなんだろう。
無性に笑いたいような、泣きたいような。そんな気持ち。
ねぇ、辛いよ。