夕焼けの差し込む廊下を歩いていると、後ろから棘のある声に呼ばれる。
「堂上教官っ!」
この前街で呼ばれた時とは大違いだな、と内心苦笑しながら振り返ると、そこには眉間に皺を寄せたVictoriaが立っていた。
小さな身体から目一杯 怒気を発しているVictoriaを止まって見下ろすと、怒りで少し震えた声を向けてきた。
「なんであんなことしたんですか」
「……なんのことだ」
一応とぼけてみると、Victoriaの身体を包んでいる怒りのオーラが更に膨らんだ。
「なんで私を戦闘からはずしたんですか!」
廊下なのも気にせずに声を荒げるVictoriaに、少し周りを見渡すと、誰もいなくて少し安心する。
Victoriaが上官に抗議しているところを誰かに見られたら、どんなVictoriaの批評を流されるかわかったもんじゃない。
少し息を吸って、静かに吐く。
そうしてかっら、ゆっくりと口を開く。
「いまのお前は、不安定すぎる。…戦闘に出るべきじゃない」
「っ、!」
目の前の、Victoriaの顔が歪む。
泣きそうな、顔。
だけど、あの時、良化隊を撃った、あの時に見せた顔よりはずっといい、と思った。
悲しそうな、からっぽな顔。あんな顔を見せられるよりも、泣いてくれたほうがずっといい。
今回の事は完全に俺のエゴだ。ただの我儘でしかない。
たしかにVictoriaは不安定だけど、射撃の腕は俺よりも優れているし負けん気も度胸もある。
戦闘に向いている性格だ、とは思う。だけど、相手が問題なんだ。
こいつが深く、心の、身体の深い所に持っている良化隊への憎しみのせいで、こいつはあんな顔をする。
あんな顔をもうみたくないから、今回は玄田隊長に無理を言って融通してもらった。
思い返してみればこいつを図書特殊部隊入隊に推薦したのももちろん女子隊員の中で戦闘センスが群を抜いていたのもあったが、一番大きな理由は自分の目に届くにところに置いておきたい、というのが本音だった。
当時はなんでそんなことを思うのかまったく理解できなかったけど、いまならわかる。
だから、今回だけは俺の我儘を通させてくれ。
「今回の戦闘に、おまえを使うつもりはない。…稲嶺司令を頼んだぞ」
とってつけたような言葉を残して去ろうとすると、聞こえた言葉に咄嗟に振り返る。
「………こんなことになるなら、教官に話さなきゃよかった」
「!」
今度は俺が言葉を詰まらせる番だった。
話さなきゃよかった、と言ったのは間違いなくVictoriaの昔の良化隊との記憶の話。
こいつは、こんなにも苦しんでいる。
「さようなら」
人ひとりいない廊下を、踵を返してVictoriaが遠ざかっていく。
別れ際に見えたあいつの顔は、紅い夕陽に濡れて、泣いているようにも見えた。