「今日は、私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
夜、少し時期遅れの夏の虫が鳴く中、偶然会ったBellと道を歩く。
いまは平穏な顔して笑ってるけど、あの、昼間見たBellの顔が忘れられない。
Bellの撃った良化隊の隊員は精確に左右の腰の骨を砕かれていた。
たぶんあの人はこれから自分の足で歩くことはないだろう。
どう考えったって、狙って撃ったとしか思えない。
あの距離で、このBellの射撃の腕で狙いをはずすことは絶対に、ない。
やろうと思えばもう少し軽傷に動きを止めることもできただろうが、Bellが迷わず撃ちぬいたのは殺しはしないけど、確実に歩けなくなる、人からいろいろなものを奪う場所だった。
それを良い、悪い、なんて言うつもりはない。
あの場では全員が発砲していたし、図書隊の人間の中にも撃たれた人はいた。
だけど、俺が気になっているのは、あの時のBellの、目。
良化隊を見た瞬間の悲しいような、怯えているような、怒り狂っているような、目。
いまのこいつからは想像もできないような目を、していた。
今も俺に笑いながら話しかけてくるけど、こんな柔らかい空気からは考えられないような殺伐とした空気をあの時は発していた。
なにがこいつをあんな目にさせるのかはわからない。
だけど、だけど俺はできればBellのあんな目、見たくない。
「でさ、それから麻子が、」
「Bell」
「………なに?」
Bellの会話に割り込んで、立ち止まると、Bellも足を止める。
向き合うと余計に意識する身長差。
こんなに小さい身体のどこにあんなに沢山の表情を持っているのか、とも思うけど、できればもうあの悲しい目は見たくない。
俺が、守りたい、と思った。
「俺と、付き合ってくれないか」
まっすぐ目を見て言いきると、少し間があってから、Bellは申し訳なさそうに笑った。
「……うん…、光、ごめんね」
「Bell、」
「私、まだ誰かと付き合う、とかそういうのできない段階なんだよ…。いつかもしできるようになっても、それは光じゃないと思う。…ありがとう」
なんとなく断られるのは分かっていたけど、あんまりBellが困っていないみたいでよかった、と思う。
ありがとう、と言いながら見せた笑顔は嬉しい時に見せる弾けるものとも違い、悲しい時に見せる痛々しい笑みとも違い、儚い、それこそ闇にまぎれて消えてしまいそうな笑みだった。
「…月が、綺麗だな」
「うん」
夏の月が、もうすぐ姿を消す。