集中訓練の最後は、今年も野外行程が行われた。
厳しい山道を登りきった後のVictoriaは疲労していたけど、不調になるようなことはなくて一安心していたが、まだ油断はできない。
なんといっても毎年新入隊員恒例の、夜熊に襲われるサプライズがある。
Victoriaは女子なんだから中止しろ、と何度も玄田隊長に呼び掛けたが、もちろん聞きいれられることはなかった。
しかたなく夜、Victoriaのテントの近くで見守っていたが、その選択はやっぱり正解だった。
夜も深まった頃隊員の一人が熊の着ぐるみを着てVictoriaのテントの中に入って行ったかと思ったら聞こえるVictoriaの声にならない掠れた悲鳴。
それを聞かされた瞬間、冷や水を浴びせられたような気がした。
「どうじょう、きょうかっ…」
泣きそうな声で名前を呼ばれて、勢いよく地面を蹴る。
テントを開けて目に入ったのは、熊の着ぐるみを着た間抜けな隊員と、うずくまっているVictoriaの姿。
「アホか貴様ら!どけ!」
面白がって見物していた隊員もろとも蹴散らせて、テントの中に入る。
「Bell、俺だ、大丈夫か?」
微かに顔を上げたVictoriaが、今度こそ泣きだして縋りついてくる。
その小さく震えている身体を強く抱きしめて、隊員達を睨みつけるとさすがに悪いと思ったのか大人しく自分達のテントに戻って行った。
邪魔者がいなくなったのを確認して、もう一度Victoriaを抱きしめる。
「…大丈夫か?」
「………………」
反応は、ない。
まだ声も出ないほど怯えているのか。
小さい腕の中に納まる存在はあたたかくて、やわらかくて、触れているだけで自分に不思議な力がわいて来るのが分かる。
こいつを守らなきゃいけないのは、俺だ。
「…Victoria?」
そろそろ反応がないのが心配になってきて、顔を覗き込んで愕然とした。
こいつ、寝てやがる…。
普通、この状況で寝るか…?
男にトラウマがあるはずなのに、俺の、この状況で、寝るか?
…俺に安心しているのはわかるけど、それは同時に俺を男として意識してないってことにもなる。
嬉しいのか、嬉しくないのか非常に微妙だ。
さて、この状況、どうしたものか。
空は少しずつ白みかけていた。