なれない特殊な状況にいたせいか、精神が興奮して眠りにつけなかったから、少し夜風に当たろうと思い外に出たら先客がいて思わず足を止めた。


暗がりの中目を凝らすとそれはVictoriaの姿で、こんな時間になにやってるんだ、とも思ったけど自分も人の事をいえなくて心の中で苦笑する。

どう声をかけていいのか、むしろ声をかけるべきなのか考えていると不意に聞こえてくる柔らかい音に、視線を戻すとVictoriaが静かに夏の夜に溶けそうな甘い声で唄っていた。


月明かりに照らされて唄うその横顔は息を飲むほど神秘的で、美しい。



ぱき、


やわらかい空気を壊したのが小さな枝を踏んだ自分の足音だと気づくのに時間はかからなかった。

その音に気付いたVictoriaがものすごい反射神経で俺の方を見る。
盗み見していたようで少しバツが悪く、どう切り出そうか考えていたらVictoriaが俺が口を開く前に言った。



「ごめん、うるさかったね」

「あ、いや、…違う」


最初、Victoriaがなにを言っているのか分からなくて咄嗟に否定する。
そもそもあの歌声はうるさい、なんてものに分類されるものじゃない。



「………………」

「………………………、」

「………手塚くん、どうしたの?」

「え?」



その後に訪れた沈黙が苦しくてやっぱり自分は部屋に戻ろう、と思った矢先Victoriaが話しかけてきた。



「あ、いや、こんな時間に外に、なにしに来たのかな、と思って」



Victoriaがそう思うのはごく自然なことだ。
実際、俺もVictoriaに対してそう思った。


「ちょっと、外でも行こうかな、と思って…」


そうしたらおまえが見えたから、と言うと少し安心したような顔をしたから、たぶんこいつも同じような理由でここにいるんだろう。


考えてみればこいつとこんな風に言葉を交わすのはこれが初めてだ。

図書特殊部隊に配属されてからひたすら訓練の日々だったし、よく素性もわからない奴で、少し警戒して距離を取っていた。

だけどここ数日見ていて分かったのは、こいつは馬鹿じゃないってこと。

ふとした時に見せる表情は知性に満ちていたし、話しを聞いていて愚かさを感じることはまったく無い。

そうして不信感が無くなると次に出てくるのは疑問の嵐だ。

馬鹿じゃない。なのに学歴は中学までしか見当たらない。この矛盾はなんなんだ。
たまに見せるあの殺伐とした攻撃心と威嚇のような視線はなんなんだ。女の前では絶対にない、男の前だけで見せるあの敵意はなんなんだ。

…それと、昼間の射撃訓練。



「じゃあ、わたし、」

「おまえさ、あんなライフルどうやって使ったんだよ」




Victoriaがなにか言い出すのと、俺が聞くのはほぼ同時だった。
言いだしてからそれに気づいたけど、言ってしまったものはもう戻せない。



「どうって…?」

「だから、おまえの短い腕じゃ持ちあますだろ?」



少し照れが出て、口調が乱暴になってしまった、と反省する。
だけどVictoriaは嫌な顔ひとつせずにまた口を開いた。
ほら、こういうところも馬鹿じゃない。



「…私、昔から手癖が悪いっていうか、なんていうか抜け道見つけるのが上手いっていうか、…だから本当はリーチ足りてなかったんだけど、それはあれの癖だと思って、使ったんだよ」



…これは、器用だ、って言ってるのか?
本人はそんなプラスな意味で言ってないけど、要約するとVictoriaは長いのも全部ひっくるめて器用に使いこなした、ってことになる。

昼間のこいつの射撃は、小牧教官の言っていたとおりただ見事だとしか言いようがなかった。

全てがそこにあたりまえにあるかのように的の真ん中に命中していた。

この小さな身体のどこにそんな力があるんだ。
見た感じ、やっぱり身体は男の誰とくらべても薄くて、細くて、肩の線なんかも頼りないことこの上ない。
こんな細い肩でライフルを支えたのか、と思うとただ舌を巻くしかない。



「…あのさ、私のことさ、へんな奴、って思ってる?」



黙りこんでいると、Victoriaがなにを思ったのかそう聞いてきた。

いきなりの突飛な質問で返答に詰まったけど、隠すことはないと思って素直に微かに頷く。


「あぁ、……そう、思ってた」

「思って、た?…過去形?」

「いまは、そうでもないよ。…まぁ、出身不明の奴とは思ってるけど」

「ははっ、みんな学校とか気にし過ぎだよ」


そう少し自嘲的に笑ったVictoriaをじっと見る。

たしかにVictoriaの言った通り最初はなんだかよくわからない変な奴だ、と思ってた。
堂上教官に柔道で喧嘩まがいのことを仕掛けたり、ミスで怪我をさせたり、良い印象はまったくと言っていいほどなかった。
だけどこいつはどうも不思議な奴で、いつのまにかそんな不信感を溶かして、その代わりに柔らかい感情を置いていった。


「ちゃんと一応大学は出てるから、安心してね。」

「…そうなんだ」


少し笑ってそう言うVictoriaに、見惚れる。

それを直接向けられているわけじゃないのに背中に嫌な汗をかいたりするほど鋭い眼差しをするかと思えば、こんな夏の夜に身を委ねるようにして柔らかく笑ったりする。



「…俺、そろそろ戻る。………Victoriaも、早く戻って寝ろよ。」

「あ、うん。わかった」



いつも防衛部の制服姿しか見ていなかったけど、こういう風に普通の私服を着ればその辺の女となにも変わらなくて、少し、可愛い、とか思ったところで我にかえる。
俺は、なにを考えているんだ。

さすがに居心地が悪くなって、Victoriaに声をかけて戻ろうとするとVictoriaがあっさりそれに応じてくれて安心すると同時に少し残念なような気もした。


「手塚くん、!」


建物に向かって歩いていると、後ろから聞こえた声に振りかえる。



「わたしのこと、Bellって呼んでね。こっちのほうがしっくりくる!お互いたったひとりの同期なんだから、仲良くしよう!」


小さく、でも俺に聞こえるように言ったVictoriaに思わず頬がゆるむ。



「俺のことも好きに呼んでいいから。…じゃあな、Bell」



そう言った後に見せてくれた笑顔は、否定しようがないくらい、可愛かった。


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