尋常じゃない取り乱し方だったVictoriaをとりあえず基地に運んで、報告は小牧と玄田隊長に任せてVictoriaをこの前も使った会議室に連れて行った。
この部屋は普段めったに使われない上に人通りも少ないところにあるからなにかと都合がいい。


Victoriaをとりあえず座らせ、待ってろ、と声をかけて部屋を出てきたけどたぶんその声も聞こえてなかっただろう。
なにかVictoriaに飲むものを、と思って歩いていると前から柴崎がやってきて無言で渡されたのは甘い匂いのするココア。
こいつもVictoriaのことを心配しているんだろう。ありがたく受け取って、Victoriaのいる部屋に戻った。


「落ち着いたか」



頭を垂れて静かにしているVictoriaの頭に軽く手を置いてココアを差し出すと、甘い匂いに気づいたのかカップを小さなふたつの手で支えて答えた。


「は、い」


そのまま少しココアを見つめていたかと思ったら、Victoriaが頭を下げて口を開いた



「ほんとうに、申し訳ありませんでした」


ぽつりと零された謝罪。



「反省してるなら、それでいい。」



規則違反は事実だし、もしあのまま良化隊を殴っていたら大問題だっただろうけどこんなに沈んでいるVictoriaにそんなこと言えるはずもなかった。
それにこいつが反省しているのは本当だろうし、いまは起こった問題に対してじゃなく、これからのために聞かなきゃいけないことがある。



「…おまえが、そんなに良化隊を恨んでいるのはなんでだ?」



面接の時に初めて会ったときから抱いていた疑問をぶつける。

不安定なこの時に聞くのも良くないかとおもったが、先延ばしにできることでもなかったから、あえてぶつけた。

これから先また、なにかあってからじゃ遅い。



少しだけ困ったように視線を彷徨わせたVictoriaが口を開くまで時間はかからなかった。


「………、私が、高校生の時、夏休みで日本にいた時のこと、です」




静かに口火を切ったVictoriaから出てきたのは、あまりに惨く、酷すぎる記憶だった。



淡々と話しながらVictoriaの開かれた目から流れ落ちる透明な水。
だけどそれに臆せず、まっすぐ俺の目を見ながら話すVictoriaの目を、俺も必死に見返した。

この弱い少女が受けた仕打ちを、屈辱を、身を切りながら話しているんだから、俺が逃げちゃ、だめだ。


付け上がった良化隊が非人道的な行いをする話はいくつか聞いたことがあった。
言ってみれば存在自体が法に支えられた権利の力の彼らの中には、その意味を勘違いする輩もいる。
だけどVictoriaの口から溢れる話は、いままで俺の聞いたことのあるどの話よりも過酷で、悲惨だった。


脱臼した腕を自力で戻したVictoriaの姿を想像して、背筋が寒くなった。
脱臼は並の苦痛じゃない。それこそ、高校生の女の子が自分で対処できるような痛みじゃない。なのにこいつは無我夢中で、自分で骨をはめたと言う。
こいつが右腕を痛めていたのも、この事が原因だったのか。
白くなるまで握った手を、さらに握りしめる。
顔も知らない良化隊の男をできればこの手で殺してやりたいと本気で思った。

その男は自分が男と言う事を利用して、なんの力もない非力な高校生の女の子をいたぶったんだ。
同じ男として、とても許せることじゃない。
本来女を守るべき男が、その力を使って女を傷つけることがあるのは知っている。
だからきっとVictoriaは思ったんだろう。男が守ってくれないから、自分が守る、と。
あの時言った、“女は守る対象であって傷つける対象じゃない”という言葉はここから来ているのか。今更になってその重みが分かる。
柔道の時も、手を抜いていたんじゃなくて、自分にできる最大の事をしていたのだ。

蔵書損壊容疑の男の時反応が遅れたのも、きっと高校生の時のトラウマを思い出したのだろう。

こんな嫌な記憶があれば、男性恐怖症に陥ってもなにもおかしくないのに、Victoriaはいまや防衛員の男達と混ざって、時には笑顔を見せたりする。

強い、とただ思った。
自分なんかには到底真似できない強さを持っている。

俺がこいつを畳に落とした時、瞬時に身を起して反撃の態勢に入ったのも、きっと身を守るために身に着けざるをえなかったこと、か。

なんて悲しい、強さなんだ。
その強さには希望なんてない。
ただただ屈辱と屈服にまみれた強さ。こいつにこんな強さ、身につけてほしくはなかった。




これで、終わりです。


と括って、静かに、諦めたような笑顔を見せられて、息ができなくなった。


笑うのか。
涙まみれになった顔で、ぼろぼろに傷ついた身体で、心で、この少女は笑うのか。



「私は良化隊を許しません。」



だけどその笑顔の奥に静かに、それでも激しく怒りを燃やしながらそう言ったVictoriaを、夢中で腕に閉じ込めた。


「…もういい。喋るな」



この脆すぎる少女が、少しでも安心できるように。
彼女がこれ以上傷つかなくていいように。
強く、強く抱きしめた腕の中で、Victoriaは小さな子供のように泣いた。

俺の腕にすがって泣くこの小さな存在が、どうしようもなく愛おしかった。

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