「落ち着いたか」


ぽん、と頭に手を乗せられて顔を上げると、堂上教官があったかいココアを差し出してくれた。



「は、い」


ありがとうございます、とお礼を言ってマグカップを受け取る。



あれから本屋さんを出て、図書基地に帰ってきて、またあの日の会議室で堂上教官と二人っきりになっていた。


小牧教官と玄田隊長は上への報告に行ってくれた。


「ほんとうに、申し訳ありませんでした」



ココアを両手で持って座ったまま、深く頭を下げる。
私のやったことは一隊員としてやっていいことじゃないかった。
もしあの時堂上教官が来るのがあと少しでも遅かったら、殴りかかっていた。



「反省してるなら、それでいい。」


優しい顔でそう言った堂上教官は、そのまま私に聞いてきた。



「おまえが、そんなに良化隊を恨んでいるのはなんでだ?」


静かだけど、絶対に逃がしてくれない声。
この前は黙秘することを許してくれたけど、今回はそうはいかない。
また、なにかあってからじゃ遅いんだ。



「………、私が、高校生の時、夏休みで日本にいた時のこと、です」




小学校からの付き合いの友達と夜遅くなるまで一緒に遊んでいた。
彼女とは本当に仲が良くて、よく周りからも本当の姉妹みたい、と言われるほど一緒にいた。
気づけばいつも一緒に遊び、笑っていた。
彼女の事が大好きで、大切で、もし彼女の笑顔を壊す者がいたら許さない、いつもそう思っていた。
小学生の時、彼女を泣かせた男子には十倍にして返したし、中学生の時彼女をよく思っていなかった教師には反発しつくして、ついには減給させるまで持っていった。
彼女といるのがただ楽しくて、幸せで、いつまでもこんな生活が続くと思っていた。
あの時までは。


あの日は彼女が私の家に遊びに来ていて、夜遅くなったから駅まで送って行った。
高校生だからもちろん車なんか無くて、ゆっくり歩いて二十分ほどの距離をお喋りしながら歩いた。
だけど、その楽しい時間を無惨なまでに破壊したのは、良化隊員だった。
人通りの無い夜道にたまたま会った彼らは、検閲の後だったのか酷く高揚していて、酒も入っていた。
彼らにもはや自己制御能力など無く、奇声をあげながら狂ったように私と彼女の事を殴り始めた。
もちろん抵抗したが、所詮高校生の女の子の力で大の男たちに抵抗できるはずもなく、されるがままだった。

俺達は良化隊だ。お前達もどうせ検閲対象の本を読んでいるんだろう。俺達が罰を与えてやろう。

およそ意味などほとんどない理屈を垂れて、乱暴を続けた。
その拍子に友達を庇った右腕の骨を脱臼した。
痛みに言葉も出なかった。喉がからからに乾いて、身体が寒くなる感覚がした。
恐る恐る右腕を見ると、皮膚の上から骨が本来あるべき場所から飛び出ているのが見えた。
だけどその痛みさえ吹き飛ばしたのは、大好きな彼女の悲鳴。

やめて、やめて、と繰り返し聞こえる方見ると、無惨に服を剥がれ、男の欲望をぶつけられている彼女の姿。
その時、自分の喉から獣のような声が出た気がした。
無我夢中で脱臼した骨を押しこんで、男を殴りに行った。
右手が燃えるように熱かったけど、それよりも心が張り裂けそうで、じっとなんてしていられなかった。

その後近所の人が通報したであろう警察が到着するまでの数分間、訳も分からず我武者羅に男を殴り、殴られた。




「その後、彼女は病院に少しだけ入院して、いまは元気です。私は腕の骨の位置が少しずれてたから、それを治してもらいました。まぁ、ずれていた状態で人を殴ったからだいぶ悪化しちゃったんですけど…。」



これで、終わりです。

静かに口を閉じると、しょっぱい味がした。
両頬に流れる涙が冷たい。



「私は良化隊を許しません。」



少し、引きつりながらも緩く笑うと、いままで黙って聞いていてくれた堂上教官にきつく、きつく抱きしめられた。



「…もういい。喋るな」



痛いくらいの腕の強さだったけど、それが酷く私を安心させて、教官の腕の中で久しぶりに声をあげて泣いた。


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