いつも通り利用者の多い館内を堂上教官の少し後ろを歩く。
この人の背中を見ているのは、ちょっと好き、かも。
背は小さめだけど、意外と広い肩幅とか、背中とか。
悔しいけど、柔道の時に感じたように男の人だってことを認識させられる。
「、あ」
ずっと背中を見ているのも気まずいから一応館内に視線を移すと1人の男がトイレに行くのが見えた。
でもその動きは挙動不審だ。
「…声かけてみます?」
「あぁ、職質かけてみろ」
堂上教官の指示を受けてから、男子トイレに行くとさっきの男は雑誌にカッターを必死に当てていた。
予想通りというかなんというか。個室に入ってやればいいものを、なんて間抜けなんだ。
「あの、ちょっといいですか?」
「っ!!」
できるだけ相手を刺激しないように声をかけたけど、男は興奮状態にあったのか鼻息を荒げて、叫び声をあげながらカッターを突き出してきた。
「うああああ!」
遅い。この男がちょこっと肥満体形なのもあるけど、こんな男、私にしたら全然遅い。
なめんな、と思って男に向き直るけど、改めて男を見た時、身体が固まった。
男、人の怒り、欲望。
条件が、悪すぎる。
否応なしに流れ込んでくる記憶の断片は、容易く私の身体の自由を奪う。
欲望を満たす愚かな男、泣き喚く女の子、右手の、痛み
全てが頭の中に響いて、鈍痛が頭を割ろうと暴れ、視界が暗くなりかけた瞬間、
「っVictoria!!」
声をかけられて、急に視界が明るくなって、気づいたら男はもう目の前に迫っていた。
咄嗟に避けきれなくて、制服から露出していた右腕の皮膚の上をカッターが滑る。
自分の皮膚を流れる赤を茫然と見ていたら、暖かさに包まれて教官に上から抱え込まれたのがわかった。
直後に聞こえた、骨と骨がぶつかる音。
それがなんの音なのか理解するのに時間はかからなかった。
「きょ、教官…!」
「じっとしてろ!」
殴られた後でもすぐに体勢を立て直した教官は素早い動きで男を拘束した。
男に手錠をかけてから立ち上がった教官に手を引かれて、立ち上がったと同時に右腕を掴まれる
「いっ、」
痛みに少し眉をひそめると、そんなの比じゃないくらい堂上教官は思いっきり眉間に皺を寄せた。
「ここにいろ」
私の腕を放してから、教官は男を連れてトイレから出て行った。
絶対、怒られる。
なんのためのいままでの訓練だったんだ。
なんのために私はいままで訓練してきたんだ。
自己嫌悪に陥りながら立ちつくしていると、堂上教官が戻ってきた。
「来い」
短く告げられて、歩き出す。
その命令に抗う術を、私は持っていない。