堂上教官が出て行って、どのくらいたったかな。
……たぶん、20分、とか。
辺りは静かで、なんの音も聞こえない。
「…くそ………、」
横たわったまま、右手で拳を作る。
痛いけど、そんなことはどうでもいいんだ。
堂上教官に腕を取られたあの時、咄嗟に出た言葉が許せない。
あんな弱いなんて、自分が許せない。
悔しい。
完全に私の負けだった。
体重の重い男達に対してスピードで対抗してたけど、あんなに速い人がいるなんて。
…私より反射神経速い人初めてみたなぁ。
堅い筋肉の感触を、いまでも思い出せる。
自分には無い物を見せつけられた。恐らくどんなに頑張ったって手に入らないものでもある。
私は、無力だ。
「………くそっ!」
握りしめた拳で畳を思いっきり叩く。
ドスン、という拳の鈍い音の後に、耳に痛いほどの沈黙を壊したのは、声。
「おまえがそんなに感情をむき出しにするなんて、めずらしいな」
驚いて、とっさに身体を起こして声の方に向き直ると、そこにいたのは、
「…堂上教官」
私の姿を確認してから、そんなに悔しかったのか、と言いながら教官が近づいてきた。
図星すぎて、なにも言えないのがまた悔しいけど、ここで口を開いた方がきっとボロが出るから、黙っている。
「腕、見せてみろ」
「……………」
教官が持っていた袋から湿布を出しながら、聴いてきたけど、もちろん見せたくなくて無視する。
「…、上官を一日にそう何度もシカトとはいい度胸だな」
少し頬を引きつらせた教官に、しょうがなく答える。
「大丈夫なので、放っておいてください」
はやく、どっかに行って欲しい。
あんな情けない事言っちゃって、恥ずかしいし、気まずいことこの上ない。
「まぁ、なんだ。そのまま医務室にでも行かれて、俺がやったなんて噂がたってもめんどうだからな。俺を助けると思って、せめて湿布だけでも貼らせろ」
こんなこと、嘘だって分かる。
この人は本当にずるいし、賢い。
こう言えば私が無視して行けない、って分かっててこういう言い方をするんだ。
「……………」
仕方なく向き合うと、小さくありがとうな、と呟いてから私の右手を取った。
「、っ」
「痛かったか?、すまん」
「だいじょうぶ、です」
ほんの少しだけ顔の筋肉を動かしただけなのに、なんでこの人はわかるんだろう。
本気で心配して謝ってくる教官は、本当に不思議な人だ。