光の兄を名乗る人間から電話がきたのは逃げるように事務室から帰って来たすぐ後のことだった。



『こんばんは。いつも光がお世話になってるね。少しお話したいことがあるので、夕飯でも一緒にどうかな?』



なんだかこのまま麻子の帰りを待って彼女の反応を見るのも怖いし、外に出たい気分だったからすぐに了承した。


結局、レコーダーの再生を聞いている間、怖くてずっと皆の顔が見れなかった。

あそこにいる人間は人を僻んだりする人達じゃないってわかってる。だけど、あの人達の事が大好きだから、もしほんの少しでも表情に歪みが見あったらもうあの人達と笑えない気がして怖かった。確かめる勇気がなかった。

もし、堂上教官の顔に少しでも僻みが見えたら…。
そんなわけないって分かってる。
分かってるけど、怖い。

私はただの臆病者なんだ。




「………どうしたの?具合でも悪い?」

「あ、いえ、」



声をかけられて、我にかえる。


しまった。光のお兄さんと食事中だった。


あわてて表情を繕って、光のお兄さんを見ると、人当たりのいい微笑みを携えて私の事をみている。

手塚慧、と名乗ったこの人は本当に光に似ていて、兄弟だという確信は持てた。
だけど信用するかどうかはまた別の話だ。
さっきからこの人は穏やかな笑みを浮かべながら彼の束ねる図書館未来企画という組織の思想について話しているけど、彼の瞳はずっと鋭い光を放ったままだ。
それはどこか、誰も信用していないような、絶対に何も信じていないような、暗い瞳。

心理学云々じゃない。直感が叫んでいる。この人は信用できない。



「…あの、慧さんは一体なんのために私を呼んだんですか?」


前置きはもういいですよ、と付け足すと彼は一瞬驚いたような表情をして、そして嬉しそうに笑った。



「これはこれは聡明なお嬢さんだ。賢い女性は好きだよ。尚更気にいった」



万人受けの笑みを消して、口元にニヒルな笑いを浮かべる。
きっとこっちがより素に近い彼なんだろう。




「俺は本当は最初、君を利用して光を俺のところに呼び寄せようと思ったんだ」

「光は他人に左右されるような人じゃないと思いますが」

「それもそうだが、あいつはあれで随分優しい奴でね。恐らく君の事が心配になって付いて来るだろう」

「……………………」



光がどんなリアクションを取るかはお互い憶測の域を出ないから、口を止める。



「最初、君はただの餌だったんだよ」

「そうですか、」

「査問もそのせいだ。悪かったね」

「はぁ、…」



こうまではっきりとぽんぽん言われると、怒る前に舌を巻いてしまう。
この人はどれほどの力を持っているんだろう。図書隊の査問会まで動かせちゃうなんて、お世辞抜きにすごいと思う。

そうまでして光が欲しかったんだ。




「だけど、いまは違う」

「、と言いますと?」

「いま、俺は、純粋に君が欲しい」



時とシチュエーションによっては女の子がときめく台詞に思えるけどそんな甘い雰囲気は一切なくて、彼は私の瞳を真っすぐ見る。



「君の大学のことは俺も知っているよ。そして実際話してみてより分かった。君は賢い女性だ。外見も美しい。これなら光が惹かれたのも納得だ」



なんだかものすごく褒められているのは分かる。
わかるけど、嬉しくない。



「VictoriaBellさん。俺と一緒に図書隊の未来を変えないか?君と俺ならできるはずだ。君のような人材を求めていた」

「でも私は、」

「君は、君のことを妬む人間と一緒にいたいのか?」

「っ、…!」




まさに悩んでいたことを言い当てられて、断ろうとしていた言葉を止められる。



「あいつらはきっと君の事を疎ましく思うだろう。高学歴の女なんて扱いにくいし、男は自分より学歴の高い女を嫌うものだよ」



知っている。
知っているから言わないで。そんなこと私が一番知っている。




「君の存在は上官の立場を危うくするだろう。部下も誰に従っていいのか分かったもんじゃない」



手塚のお兄さんの言葉は意思を持った毒のように的確に私の心臓を汚す。



「そんな君の事を疎ましがる上司と一緒にいられるのか?友達と一緒にいられるのか?彼らは君という存在のせいで常に自分の劣等さを思い知らされて過ごさなきゃいけないんだよ?」

「それはっ、」

「君が共にいたいと願う人達は、それを望んでいないんだ。なのにそうまでして共に有る必要がどこにある?」



だけど、私はそれでも一緒にいたいんだ。
一緒に笑った記憶がたしかにある。
柔らかい時間がある。
あの人達の側は安心する。離れたくない。だけどそんな私の我儘であの人達に嫌な思いをさせてたら?
そう考えると言葉が詰まって出てこない。
涙が零れそうになる。


どうしよう、泣きそう、……!




ぽたり、

涙が一粒落ちたのと、お店のドアが荒々しく開いたのは同時だった。


そして、そこに立っていたのは雨に濡れた、私が大好きな、一番嫌われたくない、人。




「こいつは俺の部下だ。返してもらう」


そう一方的に言って腕を引かれて、立たされる。

どうしてここに?
私のために?
なにもわからない。
だけど、たしかに、引かれる手は温かい。

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