緑の平和




緑の平和


「天使」の名を冠した植物が世界に発表された後、その植物は世界を席巻した。
地球温暖化が懸念され続けるも決定的な打開策が見いだせない中に「天使」は突如として現れ、その力を発揮した。個人の小さな研究所から発表されたその植物は通常よりも多くの光合成を行い、旺盛な繁殖力と環境適応能力、そして何よりも食用となる身を付けた。砂漠地帯の緑化に用いられ尚且つ食糧問題にも解決の光をもたらした、徐々に地図から砂漠は消え対照的に「天使」は増殖し続けた。
それだけでなく、葉の美しさから鑑賞用としても植えられその一部が放射汚染された土地にも適応でき根を下ろしたことから、工業汚染された地域にも大量に植えられ安全性を謳う会社から大量の需要を得た。
 しかし、夜になると土から吸収した放射線物質が美しい葉を蛍光色に彩った。幻想的なその美しさに恐怖を覚えたのに時間はかからなかった。それだけでなく、重金属に汚染され土の色さえも変色した土地に根を下ろした一部の「天使」は雌しべにその多くの金属を貯め込み、燃やした時に色取り取りの炎を作り出した。
 土地の汚染度を図る基準にもされ多くの土地に植え付けられ、遺憾なくその能力を発揮した。

 「天使」の葉(は)根(ね)は世界を緑に包み上げつつあった。
 その本来の意味を知った時には既に後戻りができなかった。誰もが、その意味を知らずに、ただひたすらに恐怖に怯えるしか無くなくなった時に後悔という波が生物を包んだ。

 段々と火を点けるのが恐ろしくなった。昔に比べて、火が大きくなるようになっていた。それは感覚的なもので日頃注意深く、観察していなければ気付かない程度のものだった。毎年計測される大気の成分が徐々に変化していた、最初誤差の範囲とされていたそれに「天使」の力があったことに気付いた当初は植物の力に驚嘆したが、温暖化が懸念され打開策が決定的だった事に誰もが発表者に賞賛を送った。
 火を点けるのが恐ろしくなり始めた頃、もう一つの恐怖が表面的になり始めた。
 突然死だった。
 最初は蛙や鳥、鼠などの小さな生き物だった。誰かが殺していったのだろうとされていたが、死因を調べると血中の二酸化炭素の濃度が高かった。急性二酸化炭素中毒だった。それだけなら、誰かが殺害目的でドライアイスをばら撒いたのだとでも想像できたが、突然死は世界で徐々に広範囲で現れ出した。突然死の原因が一つでないと分かりだした頃には人間にも被害が現れていた。
 道端でうずくまり動けなくなった人々が出始めていた。その理由が分からず医師達は精神的なものだとしていたが、その人数が増えて、毎日のように誰かが同じ症状で病院を訪れては理由も分からずに去って行くことからその原因の調査が始まった。調査で行った血液採取で症状を持つ大半の者が血中の酸素濃度が高くなっていた。分かった時には子供が犠牲になっていた。

 原因が分かりその根源はどこにあるのかは議論するまでもなかった。世界中に広がりを見せた「天使」だった。緑で世界を席巻した植物は生物の敵となっていた。その事実が報道された後、「天使」は引き抜かれ、焼かれた。電波の煽りを受けて人々はそれまで愛でていたそれに憎悪を向け駆逐が実行された。それにより美しく炎を彩る植物は全て排斥されたと一時期は思われていた。
 再びその若葉を見るまでは。
 「天使」の適応能力は異常であった。周囲の環境により多種多様な変化を見せていた。「天使」当初の形を留めずに広がっていたそれに気付かなかった、生命力とイタチゴッコが始まった。
 引き抜いたと思われた根は途中で千切れそこから再生し、再び芽を出した。焼き切ったと思われた土の下で種や根の形で眠り次の機会を待っていた。土を掘り起こし、高温処理をしなければ死滅させる事が出来なかった。しかし、高温処理をする為の火が恐ろしかった。一度火を点ければ平野は丸焼けになり、焼却炉では蓋を開ければ周りの物を焼いた。それでも焼かなければ犠牲が日増しに増えるばかりだった。
 最初は少しずつだけ増えるが、ある時点から爆発的に増殖するのが自然の様だった。それに世界を包む緑も従った。
 ある程度まで増えた緑は爆発的成長を見せた。どこに行っても見られた緑は人によって多くが焼き払われ、露出した土を独占していったのが「天使」だった。自分で周りの最大のライバルを消すことなく、悠々と広がる大地に自分を広げていった。
 広がり続ける緑を抑制するものはどこにもいなかった。昆虫も生物もその葉を食べる事が出来なかった、消化する機関が存在しなかった事と異常な適応能力と繁殖力に追いつかなかった事が要因だった。葉に卵を産む虫もいなければ、その美しさを傷付ける生物も存在しなかった。唯一太陽光が水滴を通してその葉に穴をあけたがそれ以上に光合成の助けとなった。
 人間が「天使」と争うのを止めるのに時間はかからなかった。地上の生物は大気に適して生きていた、水中の生物は大気が溶けた水に適して生きていた。昼は光合成により酸素を吐き出し、夜は呼吸により二酸化炭素を吐き出した、急激な変化についてゆけない生物は死滅した。著しい変化に適応、又はいつ来るか分からない目覚めを待ち眠りにつくもの以外に生存を許されはしなかった。長い時間をかけて環境に適応してきた者達にとっては「天使」による大気の変化はあまりにも短時間で行われた。一つの生物にとっては長く、気付くには長過ぎる時間、しかし種としては短く、環境に適応するにはあまりにも短過ぎる時間。
「天使」によりふるいにかけられ残った種以外は地上から消え去り、大気と陸地は緑に支配された。そして海に適した種も徐々に範囲を海中にまで広げている。地上に残ったのは楽園だった、誰も争わず、餓えず住む場所の心配もない。
その緑の葉根で「天使」は至上の平和と楽園を作り上げた。

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