02
慌てて目を開けて振り返ろうとした瞬間、ぽふっと頭の上に温かくて大きな手が乗せられる感覚がした。
「どうしたんだぁ、雪男?」
くしゃくしゃと髪を撫で回しながら、しゃがみ込んで視線の高さをなるべく合わしつつ神父さんが優しく問い掛けてくれていた。ぼやけた視界で神父さんを見上げたが、すぐに服の袖でごしごしと涙を拭った。
「おいおい、雪男。あんまり目ぇこすっちゃダメだって言っただろ」
仕方ない奴だなと零しながら、神父さんの匂いが浸み込んだハンカチで目許をゴシゴシと拭われた。少し痛いよ。
「ほれ、忘れもん」
一通り拭われた後に、差し出されたのは僕の眼鏡だった。そういえば、着けていなかった。それは、見たくないものがはっきりと見える物だったから……でも、今は見たいものがはっきりと見えた。僕を元気付けるために快活に笑う神父さんの笑顔と「ん?どうしたんだ?ゆきお?」心配して駆け寄ってくる兄さんの姿が見えたから。
それからというもの、不安になる度にあの声は聞こえてきた。
励ますように…
勇気付けるように…
慰めるように…
何度も何度も関わり合う。
相手の姿は見えない。
それでも、触れ合う温もりに恋しく感じた。
神父さんのような大きく包み込む温かさじゃない。
それなのに、温かい。
兄さんは愛しい…同時に心の隅では恐れてもいた。
産まれた頃に負った兄さんの魔障により、僕の目には悪魔が見えているからだ。
いつか兄に殺されるのではないか。
そんな想いが蓄積して、僕は夢に見る。
兄に殺される夢を…
あの青い炎に焼き殺される夢を…
自分が悪魔になってしまう夢を…
何度も肉体が滅び、何度も精神が死ぬ…
そんな、夢。
何度も繰り返して見る夢に、精神は追い詰められていく。
現実と妄想の狭間に惑い、身体は自分のものではないかのように言うことをきいてはくれない。
そんな時に、聞こえてくるんだ。
『大丈夫だよ、何もこわいことはないよ』
相手の存在を認識したくて、夢の中に現れてくれる相手に触れた。もうその頃には、気が付いてしまっていたから、その相手の姿ははっきりと見えた。
「いつもありがとう…僕」
僕と同じ姿があった。まるで鏡を見ているかのような錯覚。
『ふふ、どういたしまして』
にこりと微笑んでいるのは僕と同じ顔のはずなのに、作る表情が違っているように感じた。同じ声を発しているはずなのに、とても落ち着いた声に聞こえた。
相手のことを、とても綺麗だと思ったんだ。
…誰よりも、愛おしいと思ってしまった。
………君との夢なら…覚めなければいいのに………
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