01
私は、薄暗く陽も昇っていない刻限にすっと糸を垂らした。
糸の先には返しのついていない鉤針がついているだけだ。
撒き餌をして獲物を呼び寄せるわけでもなく、ただ糸を垂らしている。
同じ場所でひたすら糸を垂らして、ひたすら握りしめた竿が振れるのを待っている。
『釣れるわけがないだろう』
『ねぇ、もう止めなって』
友人達は皆そう言って、離れていってしまった。
もう一人きりになって、どれくらいになるのだろうか。
けっして、一人が辛くないってわけじゃない。
それを教示するように、午睡でもたらされる夢幻の中で、独り私は嘆く。
今日もまた日の出を迎え、真っ白な地面が陽の光を反射する。
純白という言葉が似合いそうな地面を見つめ、私はいつこの地面を突き抜けて落ちていってしまうのだろうかと、度々考えてしまっていた。
陰鬱とした思考が、鉛のように身体を重たく感じさせる。
「あんた、何してるんだ?」
不意に掛けられた高い調子の声に振り返れば、子供が不審な者を見る目で私を見ていた。
「釣りですよ」
視線を再び糸へと戻して、淡々と答える。
ぴくりとも震えない糸としならない竿に意識を集中する。
「魚籠もなしに、何釣るんだよ」
座っている私の隣に、子供が座って言った。
私の顔を覗き込むようにして見詰めてくる子供の視線に、そっと目を伏せた。
「食べないのか?」
子供の真っ当な問い掛けに、軽く頷いて息を吐いた。
白い柔らかそうな地面に竿の持ち手を突き刺し、片手でしっかり支えながら、子供の頭をよしよしと撫でてやる。
「…私が欲しいのは鯉です」
「鯉?」
子供は目を丸くしていた。
糸を垂らしている地面の縁へとにじり寄り、眼下を臨めば、虹を湛えた滝だった。
こんな場所に鯉がいるものだろうかと、子供が言うのを聞いていた。
「…願いを叶える鯉がいるんですよ」
ぽつりと呟けば、子供はふぅんと団栗眼で私を見上げていた。
「あんたの願い事ってなんだ?」
悪意のない純粋な問い掛けに、私はただ微笑んでみせた。
教えてくれとせがむ子供に、緩く首を振って否と伝える。
しばらくそうやって押し問答をしていれば、子供が先に折れた。
「まぁ、いいや」
そう言って質問を変えてくる子供に、苦笑いしてしまう。
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