オレンジ色に染まる図書室に、静かに紙を捲る音が響く。
自然と本への集中力が高まって、徐々に回りが靄がかかったように気にならなくなってきた、丁度その時。





「…よぉ、何してんだ」




…その男は急に現れた。





せんせいと 図書室







「…見てわかりませんか?本を読んでいるんです」

「ああ、そうだな」

「…」





何をしているのかと聞いたくせに、まるで興味のない目を向ける目の前の男…もとい、理科教師を半目で見やる。



我がフェアリーテイル学園の理科教師
、グレイ・フルバスター先生。

真っ白な白衣を身に付ける彼は、パソコン作業のせいで悪くなったという黒渕眼鏡をくいっと上げて笑う。

その整った顔立ちのおかげで女性徒からは絶大な人気を誇っている彼。



けれどその実態は、人の都合など無視して無理矢理面倒ごとに巻き込み、そのくせ人が…あたしがどう思うかなんて知ったこっちゃない、まさにワガママ理科教師だ。





「ちょっ…先生服!」


「うお!?」





…訂正。脱ぎぐせのある、我が儘"変態"理科教師だわ。




「はー…で、先生はどうしてここに?溜まってるお仕事は片付いたんですか」

「ん、ああ…」

「…終わってないんですね」





ああ、もう頭痛がする。
つまりは、手伝えということなんだろう。
それならば、彼がここに来た理由も納得はする。

1ヶ月ほど前だったか、理科準備室で資料に埋もれる先生を助けたことがある。
助けたと言っても、資料まとめを手伝ったくらいのものだけれど。

でもそれがいけなかったのか、それからというもの、先生に無理矢理拉致されたり、何かと理由をつけて資料まとめをさせられるようになってしまった。

しかも何故かコーヒーまで入れさせられる。意味が分からない。
…落ち着く香りと先生の誉め言葉にほだされて毎回入れちゃってるけれども。

懐かしむにはまだ早すぎる思い出にあたしは深く息を吐いた。






「言っておきますけど。無理ですよ、今日は…というかしばらくは先生の手伝いは出来ません」

「…何でだよ」




ぐっと眉間にシワを寄せて、先生が呟く。


…やっぱり図星だったのね。

そんな先生にため息で返して、図書室の出入り口を指差す。
正確には、出入り口の横に掛かっている札を、だけれど。





「…今月の図書当番、ルーシィ・ハートフィリア?」

「そうです。あたし図書委員なんで」

「そりゃ、初耳だな」





なるほど、だから最近捕まんなかったのか。
そう顎に手をあてて、考え込むグレイ先生。

…というか、本当にまた手伝わせる気だったんだ、この人。





その傍若無人さに呆れつつも、頭の中であの狭い理科準備室を思い描く。

少し埃っぽい部屋とコーヒーの香り。
ノートパソコンの周りをぐるっと囲むように積み上げられた資料の山。

この間整理してマシになったと思ってたけど、こうして先生があたしを探しに来たということは多分また元の状態に戻ってしまったのだろう。




せっかくこの間下校時間ギリギリまで残って整理してあげたのに…


ひとつ文句でも言ってやろうかと口を開いたとき、下校を告げるチャイムが鳴って。




"…捕まえた"




「っ…!」



不意に脳内に浮かんだ光景にビクッと身体が揺れる。
その拍子に読んでいた本が椅子から落ちてしまった。




「ん?どうした、ルーシィ」

「っ何でもありません!」




先生が、不思議そうな目でこちらを見るのを感じなから、大丈夫ですと平静を装う。




チャイムが引き金になったのか、思い出してしまった…あの、理科準備室でのこと。

仕事が一段落したと言う先生にコーヒーを入れて、それで。

何を思ったのか、ついでにと淹れたあたしの飲みかけのコーヒーを、この人は飲んだのだ。


つまりは、か、かか間接キスした訳で…!

しかもあろうことか、その後先生はあたしを壁際まで追い詰めて、それで、それで…っ!



顔に一気に熱が灯る。
忘れていたはずの手の感覚や声まで鮮明に思い出してしまって、あたしは軽くパニックになっていた。





「おい、ルーシィどうしたんだよ?」

「ひゃわっ!?」

「…お前変だぞ、絶対」




ひとり慌てるあたしを心配してか、覗きこむようにして先生が声をかける。

…けど、今は近づいちゃダメなんですってば!


頬の赤さに気付かれたくなくて、咄嗟に両手で顔を覆う。




「…何だよその手」

「何でもありません気にしないでください」

「はあ?」



早口にそう告げると、グレイ先生が不機嫌そうにどけろ、と命令する。
その声はいつもよりワントーン低く、思わず身体がぴくりと揺れた。




「嫌、です」

「…いいからどけろ」

「嫌です、ほっといてください」

「どけろっつってんだよ…ルーシィ」




先生の声が近くなった。
今彼はどのくらいの距離にいるんだろうか。
気になるけど、この手を外す訳にも行かなくて、ただひたすら無視を決め込んだ。



「ルーシィ…」

「……」

「……」

「……」

「…はー…」




…諦めた、のかしら?

ほっと安堵しながら緊張で力の入っていた身体をゆっくりと緩めていく。


…その瞬間。




「…随分、強情だな」

「ひぁっ…!」




耳許で囁くように吹き込まれたその言葉に背筋がぞくりと震えた。

思わず緩んでしまった手をぐっと引き寄せられ、そのまま交差するように指を絡め取られる。


至近距離には、先生の顔。
どこか楽しそうな表情を浮かべて、先生の顔がどんどん近づいてきた。



「ちょっ…何ですか!近いっ…」

「…そーか?」

「待っ…や、だ…!」




鼻先が触れそうになるほど近づいた先生の顔に、心臓がありえない速度で脈打つ。
自分でも分かるくらいに顔に集まった熱に、先生がにやりと意地悪く笑った。



「顔、真っ赤」

「…っ」

「緊張してんのか?…身体に力入りすぎ」

「ゃっ…」




指の付け根を撫でられて、息を飲む。
変な感覚に顔を背けると、また耳許で囁かれた。

吐息混じりなその声に、頭がクラクラして、何も考えられない。

抵抗する声だって、心なしか甘い気がして恥ずかしくなる。



…何で、こんな。



「先生っ…は、何でこんなことするんですか…!」

「は?」

「からかってるならもう止めてください…!」



…じゃないと、勘違いしてしまいそう。
あたしは、先生の"特別"かもしれないって。



「…知りたいか?」

「…は、い」

「…そうか」




ふ、と先生が一瞬視線を落とす。
何か考えるように、口を閉ざした先生。

言いたいことがあるのに言えない。
まるでそんな風に眉を寄せる先生は、少し間を置いた後、顔を上げた。



「教えて、やるよ」

「先生…?」

「…あー、今は先生って呼ぶな」

「え?」

「ルーシィ」




ぎゅっと繋いだ指に力が込められる。
視線を上げると、真剣な瞳にぶつかった。
もう一度、ルーシィ、と呼ばれて。




「…俺は」

「おーい?まだ誰か残ってるのかー?」

「……」

「………」



見回りに来た他の先生の声に、その雰囲気は勢いよく壊された。




「……」

「…先生?」

「誰かいるんじゃないのかー?」




再度廊下から響く先生の声に、グレイ先生が深くため息を吐いた。



「…またお預けかよ」

「え…?」

「何でもねぇ。…まだいます!鍵は開けといてください!」



大声でそう言ったグレイ先生に、廊下からわかりましたー!と先生に負けないくらいの大声が返ってくる。



「仕方ねぇ…帰るか」

「はい…」

「もう大分暗くなってきたからな、気をつけて帰れよ」



そう忠告して、先生が離れていく。
するりと指が抜かれる時、少しだけ寂しいなんて思ってしまって。

反射的にぎゅ、と先生の指を掴んでしまった。




「ぁ…」

「ん?何だよ」

「いや、えと!その…な、何でもない、です…」

「…ふーん?」




何で掴んだのか。
その理由は自分でもわからなくて。

けれど掴んでしまった手を離すこともできなかった。


そんなあたしに、グレイ先生はふっと笑って。
掴まれている指ごと身体を引き寄せて、耳許で囁いた。



「…その答えが分かったら、また教えてやるよ」

「っ…」

「ま、とりあえず明日は手伝えよ?」



そう言うと、ぱっと手を離して腹へったな、と図書室の出入り口へと歩いていった。




「…やっぱり、手伝わせるんじゃない」




心臓が、うるさい。


落ち着かせようと、深呼吸をして。
あたしも先生に続く。


オレンジ色だった教室は、もう深い藍色に代わっていた。


End



―――――――――――――――

台詞:「随分強情だな」
場面: 夕暮れの図書室


グレル祭提出作品2
いつかやった先生とわたし。の続きです。
学パロだし、宅でやったやつの続きだし…で当初出してもいいのか不安でしたが、皆さまが受け入れてくださったので安心しました^^

本当はもう1つ続きを考えてたんですが、お話がまとまらないままグレル祭を終えちゃったので、またいつか出そうと思います!

取り敢えず、教師という立場と自分の気持ちとで揺れるグレイと無自覚ながらもグレイを意識するルーシィが書きたかったお話でした。











← →



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -