「もー…ここどこなのよー…」 もうすっかり見慣れてしまった景色にため息を吐く。 ずいぶんと歩いた気はするが、未だに出口らしきものは見えてはくれない。 「一体いつになったらここから出れるのかしら…」 高い樹の壁に覆われた巨大な迷路。 同じ高さで複雑に構成されたそれは、頭を抱えるあたしを嘲笑うかのように聳え立っていた。 自然とため息も増える。 あたしがこうして迷路で迷子になっている理由。 それはギルドに届いたひとつの依頼がきっかけだった。 "私共が考えたこの迷路を解いて下さる方を募集しています" ギルドのリクエストボードに貼られていたこの依頼。 その仕事内容の割には報酬も良く、それに迷路を解くだなんて面白そう、とこの仕事をひとつ返事で引き受けたのだけれど。 「まさかこんなに難しいなんて…ね」 迷路とか、頭を使うような問題には自信はあった。 …あったはずだったのだけれど。 現実はそう甘くないようで。 終わらない迷路地獄にあたしはもう何度目かわからないため息を吐いた。 「ルーシィ」 「あ、グレイどうだった?」 「いや、こっちの方は何もねぇな。出口らしいもんもない」 「そう…じゃまだ進まないとなのね」 横からひょっこりと現れたグレイが苦々しげにそう呟く。 二手に別れて出口を探していたのだけれど、どうやらあまり意味はなかったようだ。 「まあここで頭抱えてても仕方ねぇだろ。とりあえず今は進もうぜ」 「そうね…」 「…んな顔すんなって。一生出られねぇ訳じゃねーんだし、な?」 すっかり気持ちが沈んでしまっていたあたしに、ぽんっとグレイの手のひらが乗る。 数回髪を撫でて離れたそれは、あたしの気持ちを浮上させるには十分で。 思わず名残惜しげに見詰めると、にやりと笑うグレイと目があった。 「物足りない?」 「なっ…!ななな何言ってんの!?ほ、ほらさっさと先に進むわよっ!」 「はいはい、分かりましたよ。お姫様」 くつくつと笑うグレイがまたあたしの髪を撫でて、歩き出す。 そんなグレイの後ろ姿を見送って、あたしは彼に気付かれないよう、そっと息を吐き出した。 …心臓が、うるさい。 速まる鼓動に合わせて、触れられた所からじわじわと熱が広がっていくみたいだ。 最近悩まされているこの症状。 それも、グレイ限定で。 ちらりとグレイを見ると、真剣に出口を探そうと道を調べていて。 いつの間に脱いだのか、逞しいその身体つきが目に入った。 …あの腕に、身体にいつも守ってもらっているのよね。 危険が迫った時、グレイはいつでも身を呈してあたしを守ってくれる。 ふと、その身体に包まれたことを思い出して顔に熱が灯った。 「って何思い出してるのよ、あたし…!?」 今は早く出口を探さないといけないっていうのに。 一度思い出してしまうと、色々なことが頭に浮かぶ。 例えばあたしと一回りは違う手のひらだとか、髪を撫でる感触だとか、最近よく見せる柔らかい笑顔だとか… ああ、どうしよう。思い出すとキリがない。 そっと、グレイが撫でてくれた髪に触れてみる。 いつも彼に触れられるたび胸を支配するこのドキドキ。 逃げ出したくなるのに、でも触れてほしくなるような、そんなドキドキは最近、益々酷くなっている気がする。 …多分、この気持ちの名前は、きっと。 「…好き…」 「……え」 「え…え、グレっ、いつから!?」 ぼそっと呟いた言葉に小さく反応が返ってきて。 驚いて顔を上げると、そこには目を見開いて固まるグレイが、あたしの目の前にいた。 聞か、れた…? 「っ!」 「ちょ、おい、ルーシィ!?」 「こ、来ないで!今のは嘘、嘘だから!」 「はあ!?」 聞かれてしまった恥ずかしさと居たたまれなさでその場から逃げ出すあたしをグレイが反射的にか追いかけてくる。 そんなグレイを振り切るかのように曲がり角を曲がれば、チッと苛立たしげに舌打ちが聞こえて。 その舌打ちに、ああ、やっぱり迷惑だったのかと心の奥がチクリと痛んだ。 じわり、と視界が涙に滲む。 「っ止まれルーシィ!」 「いやっ、よ…っ!」 「だから何で、逃げるんだよ!」 「あんたこそ、なんっで…、追いかけてくるの、よっ!」 「お前が言い逃げするからだ!」 「だからあれはっ嘘だって、言ってるじゃない!」 言い合いをしながらもだんだんとグレイの声が近づいてくる。 捕まる、そう思った時だった。 何度目かの曲がり角を曲がった瞬間、掴まれた右手。 「いい加減にしろよっ…」 「きゃっ…!?」 ぐっと引っ張られて、グレイの腕の中へと閉じ込められる。 離すまいとするかのように密着した身体から、グレイの鼓動が伝わって。 幾分か早いそのペースに、体温が上昇していくのが分かった。 「…はぁ、やっと、捕まえた」 「う、あ…」 「で?…さっきの、どういう意味だよ」 どくん。 心臓が大きく鼓動を鳴らす。 思わず腕を突っぱねて逃げ出そうとすれば、それを許さないかのように、回された腕に力が入った。 「やっ…離し」 「…お前俺のこと好きなの?」 「っ!?」 低く吐息混じりの声が耳許で響く。 走ったせいか軽く乱れた息が首筋に当たってくすぐったい。 「っ、そんな、訳」 「ルーシィ、」 「ちがっ…あれは嘘で、グレイのことなんて好きじゃ」 「…好きだ」 「っ…!?」 「好きだ、ルーシィ。…なあ」 突然告げられた言葉は、あたしを黙らせるには十分で。 大人しくなったあたしに、グレイが鼻先が触れそうなほど近づく。 …ドクン…ドクン…ドクン… 聞こえてくる心臓の音はあたしのものか、はたまたグレイのものなのか。 「…俺のこと、好き?」 もう、それすら分からない。 「っ…」 「どうなんだよ…?」 「…、」 「…ルーシィ?」 ジリジリと、距離がゼロに近づいていく。 好きなのか、だなんてそんなの。 …このドキドキが何よりの証拠じゃない。 「……す、き」 消え入りそうに呟いたその声は、果たして彼に届いたのだろうか。 …けれど、そんな心配は無用だったみたいで。 その証拠に、ぎゅ、と更に力が込められた腕と密着する体。 あたしを見つめる、漆黒の瞳が物語っている。 「今更嘘だっつっても知らねぇからな」 …距離が、ゼロになる。 ゆっくりと離れたそれは、やけにリアルな音をあたしの耳に残して。 …迷路、このまま出れなくても良い、かも。 そんなことをぼんやりと考えながら、あたしはまたゆっくりと目を閉じた。 ぐるぐる、まわる。 (…あのぅ、もう出口なんですけど…) (…きゃああっ!?) ―――――――――――――――― 台詞:「今更嘘だっつっても知らねぇからな」 場面: 巨大な迷路 第二回グレル祭、初提出作品です。 素敵お題にテンション上がりまくりで書いた覚えがあります。楽しかったv ← → |