「ねぇ、ナツ…さよなら、しよっか…?」 もう、限界なの。 さ よ な ら 。 「ん…」 鳥の囀ずりに、深く沈んでいた意識が手繰り寄せられる。 薄く目を開ければ、カーテン越しの柔らかい光が部屋中を包んだ。 「夢…?」 眩しさに目を細めながら、ぐるりと辺りを見渡すと、空っぽになったマグカップを2つ見つけて。 「…じゃない、わよね…」 昨夜の出来事を思い出して、心が一気に重たくなった。 …あたし、ルーシィ・ハートフィリアは昨日、ナツにさよならをしました。 元々ナツとは恋人らしい付き合いだった訳じゃないけれど。 想いの大きさはあたしの方が大きいにしろ、それなりに好き合ってると思ってたし、一緒にいて楽しかった。 …でもそれは全部あたしの勘違いで。 ――――付き合ってる?ルーシィと? ナツは、あたしのことなんて見てなかった。 ――――…まさか。何の冗談だよ? …好きなんかじゃ、なかったの。 ギルドで言われたその台詞。 正確にはあたしに向けたものではなく。 表情も背中を向けていたから分からなかったけれど、でも内容は明らかにあたしとの関係を否定するもので。 声を掛けようと上げた手が固まる。 手だけじゃない、身体全体が棒になったみたいに動かない。 それなのに耳だけは拾いたくもない音を拾ってしまうのだから。 …本当に皮肉よね。 ――――ルーシィは仲間だ。ただの友達、勘違いするなよ。 そこから先は、よく覚えてなくて。 気づいたら自分の部屋にいて、大泣きしてたんだっけ。 それでいつの間にか入ってきたナツに言ったんだ。 "さよならしよっか"って。 「はー…会いたく、ないな」 普通に出来るだろうか。 皆の前で。ナツの前で。 「…当分は大変そうね」 ナツとさよならするとはいってもギルドを辞めるつもりはない。 やっと入れたギルドだもの、そう簡単に辞めたくない。 ただ、チームは辞める。 さすがに、あんなことがあってからチームを続けられるほどあたしも神経図太くないし。それに。 「…ナツだってあたしがいない方が好きな人と組めるでしょ」 その為の、さよなら。 あたしはもう消えるから。 あの銀髪の彼女と仲良くすればいい。 本当に組みたい人と組めばいい。 …なんて、言われなくてもそうするか。 ナツにとったらお荷物がなくなるわけだもんね。 きっとすぐにでもリサーナに声かけるはずよね。 「ふふ…お荷物だって。自分で言ってちゃ世話ないわね」 本当…滑稽。 滑稽すぎて、笑えるわ。 深くため息を吐いて、ギルドへ向かう身支度を始める。 最後に青いリボンをハーフアップにした髪に巻き付けて…外した。 トレードマークであるリボンは、それだけで"あたし"という存在を主張する。 実際、あたしのこのリボンを見てあたしを探す人だっていたくらいだもの。 もしかしたら、目立つのかも。 だから外した。 あたしだってわからないように。 そしたら金髪なんてギルドの中にはザラにいる。 ナツだって、きっと見つけにくいはず。 でも念には念を。 いつもみたいな露出の多い服は避けてパンツスタイルにした。 「なんか必死よね、あたし…」 いつもとは180度違う自分に鏡の前で苦笑して、扉に手をかけた。 …のだけれど。 「…遅ぇ」 「…」 「ちょ、待てっ閉めんな!」 予想外の出来事に、開いた扉を閉めれば、力強い手に拒まれて。 意図も簡単に侵入されてしまった、あたしの部屋。 「…どうして、ここに…」 …ナツがいるの。 でも目の前にいるのは、紛れもないナツ本人で。 その顔は少し怒ったような、不機嫌そうな表情を浮かべていて。 だから余計に訳が分からなかった。 どうしてここにいるの? リサーナのところに行ったんじゃないの? あたしとは何の関係もないんでしょ? …なのに、どうして。 「…昨日のアレ、何だよ」 「え…」 「"さよなら"ってどういう意味」 「……」 「それにその髪も、服もルーシィらしくない。…似合わねぇよ」 「……」 「ルーシィ、何であんなこと言ったんだ。さよならって何なんだよ?」 「っ……」 「っ答えろ、ルーシィ!」 口を開かないあたしに焦れたのか、ナツが苛立ちをぶつけるかのように壁を殴り付ける。 重たい音が耳に痛ほど響く。 「…壁…薄いんだから殴らないでよ…」 「誤魔化すなよ!オレが聞きたいのはそんなことじゃ…っ」 「っうるさいわね!意味なんて、…意味なんて考えればわかるでしょ!?もうあんたといたくないの!チームも辞める!そういう意味よっ…」 ああ、言ってしまった。 できれば気づかれないように消えたかったのに。 もう、後戻り出来ない。 「…それ、本気で言ってんのか」 「…冗談なんかでこんなこと言わないわ」 「っ何で…」 やめてよ。 どうしてそんな顔するの。 あんたが言ったんじゃない。 あたしとはただの仲間だって、勘違いするなって。 それなのに、どうして。 あんたが傷ついた顔するのよ。 「…オレは、ルーシィの何だよ」 「え…?」 「こ、恋人ってやつじゃなかったのか…?」 「ちょ…待ってよ!あたしたち付き合ってないんでしょう?」 「っ!そ…うなのか…」 全部オレの勘違い、か。 いかにもショックを受けてます。という表情をするナツに頭がこんがらがってくる。 わからない。なんで、ナツが傷付くの。 「ナツ…が、いったんじゃない」 「は…?」 「あたしと、付き合ってないって…勘違いするなって…そう言ったのはナツじゃないっ」 「え…は、え?おいルーシィそれいつの…」 「…こないだギルドでマカオたちに言ってたわ」 その時の出来事を思い出して唇を噛む。 涙が溢れそうなのを必死で我慢しながらナツを睨んだ。 うっすらと滲む涙にナツが息を飲む。 「こないだのギルドって…っあ、」 思い出したのか、ナツが短く声を上げて口許を手で覆う。 けれどあの時か…なんて呟くナツの顔は真っ赤で。 逸らされた視線は右へ左へと宙を泳ぐ。 終いには、はー…とため息を付きながらその瞳は閉じられた。 「…ルーシィ」 「な、によ…」 「それは本心とは違うっつーか…その」 言いにくそうにナツが言葉を切る。 そして顔色を伺うようにぼそぼそと話し出した。 「…マカオたちが酔っぱらって、そのルーシィと付き合ってんだろ、とかもうちゅーはしたのか、とか変なこと言うから…ついムキになって否定しちまったっつーか」 耳まで赤くするナツとその内容に目が点になる。 つまりは、からかわれて恥ずかしかった…ってこと? …何よ、それ… 「どれだけウブなのよ…あんた」 「う、ウブゆーな!仕方ねぇだろ!他の奴等にルーシィのキスシーン想像されたくなかったんだから…!」 「え…」 …今、ナツはなんて言った? 頭の中をリピートするナツの声とその言葉の意味に今度はあたしが赤くなる。 「だ、だから別にルーシィが嫌いとかそんなんじゃねぇよ!」 「…」 「安心しろ…って聞いてんのか!?」 「……」 「…ルーシィ?」 「…嘘」 ぽつり、呟いた声にナツが顔をしかめる。 「う、嘘、嘘嘘嘘!絶対嘘よ!」 「は?ちょ、落ち着けってルーシィ」 「だって、だってあたしすごいショックで!なのに、そんな…勘違いとか…っ〜!!」 恥ずかしい、居たたまれない、どうしよう! 色々な感情がごちゃまぜになって、思わずその場にしゃがみこむ。 今すぐここから逃げ出したい。 ナツの前から消え去りたい! 両手で顔を隠しながらナツへと背を向けようと身体を捻る。 …けれど、それはナツがあたしの両腕を掴むことによって阻止され、あたしは真っ赤になった顔をナツに晒すことになってしまった。 「やっ…!見ないで!」 「…何でだよ」 「だっ、て…あたし勘違いしてて、それで、っあんたに合わせる顔ない…!」、 そうだ。全てはあたしの勘違い。 あの時ナツの顔さえ見ていれば、こんなことにはならなかったのに。 勝手にひとりで騒いで、ひとりで傷付いて。 独りよがりもいいところじゃないの。 「…っ恥ずかしい」 恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかしい。 ダメだ、涙が溢れるのを止められない。 じわり。 滲んだそれをナツに見られたくなくて、隠すように目を閉じれば。 瞬間、すーっと頬を伝った生温い雫と。 「…恥ずかしくなんか、ねぇよ」 耳に優しく響いたナツの声。 そして… 「っ…!」 …額に触れた、暖かく、柔らかい感触。 「ナ…ツ…?」 「恥ずかしくなんかねぇ。だってよ、ルーシィはそんだけオレのこと…す、好きってことだもんな!」 「っ…!」 「勘違いにしろ…泣くほどオレのこと考えてくれてたんだろ?」 だから。と一呼吸置いて、ナツが笑う。 「すっげぇ嬉しい!!」 眩しかった。 まるで、本当に太陽でも見たかのように。 眩しくて眩しくて。でも逸らせなくて。 そんな釘付け状態のあたしを、ナツがぎゅっと抱き締める。 「あー…良かった。オレ嫌われてんのかと思ったし」 「…っ、き、きらいよ、ナツなんか…」 「おい、ルーシィ。嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ」 「………」 「ま、いっか。本当にルーシィがオレのこと嫌ってても、また好きにならせればいーんだもんな」 「っ…!」 腕を回しながら、恥ずかしげもなく堂々と言ってのけるナツに、心臓がどくどくと激しく脈を打つ。 ドキドキ…ドキドキ。 もう心臓壊れちゃうんじゃないの?ってくらい高鳴る胸に相乗して、頬の熱もどんどん上がっていくのが分かる。 今までこんなにドキドキしたことあっただろうか。 こんな、死ぬほど愛しいだなんて。あのナツに。 好き、大好き。本当に、好き。 ナツの目を見れば、その瞳の中にはあたしだけが映ってる。 こんなことだけですごく嬉しい。 このまま、ずっとあたしだけを映してくれたらいいのに、なんて柄にもなく思ってしまう。 目をそっと閉じてみた。 そうすると目の前のナツは消えるけれど、今度はあたしの記憶の中のナツが暗闇のなかで笑ってくれる。 …どうしよう。すごく溺れてるわ、あたし。 甘すぎる自分の脳内に恥ずかしくなって、閉じていた目を開ける。 「…え…?」 …と、目の前には何故かぼうっとしたナツの顔があって。 近づいてくるナツの頬が赤く染まってて、なんだか色っぽい…………って!! 「なっナツ?!ちょっ、何してんのよ!?」 「うあ…?」 「近い!近いから離れてー!!!」 もう触れてしまいそうなほど近いナツの顔を手で押し退けて、ナツと距離を取った。 「な、何で近づいてくるのよ。びっくりしたじゃない!」 「いあ…だってよ」 「だって、何よ…?」 「………ルーシィが、赤ぇ顔して目なんか瞑るから」 だってと言葉を濁すナツに続きを促せば、少しだけ黙りこんだ後、掌で口許を覆いながらナツはぼそっと呟いた。 「だ、から…き、キスして欲しいのかと思ったんだよ…」 「っ、!?」 「……つか、あとちょっとだったのに」 「なっなななな何いってんのよ!!!?」 「うるせぇな、わかってるよ勘違いだろ!?」 ナツが吠える。真っ赤な顔で。 それから、見んな。と顔を手で横に向けられた。 「っ、…地味に痛いんですけど!」 「おー悪いな。我慢しろよ」 「ちょっ!絶対悪いと思ってないでしょあんた!」 ナツのばか、と顔を背けて、ナツにばれないようそっと息を吐いた。 もう本当に勘弁して欲しい。 …心臓が飛び出してしまいそうだ。 ドキドキ通り越してもう痛いくらい心臓が鳴ってる。 だってそんな風に思われてるなんて知らなかった。 確かにタイミング的にはそう見えたのかもしれないけど。 ナツが、キス、なんて。 "キスして欲しいのかと思ったんだよ。" 「――――っ!」 ナツの声が、頭の中に響く。 やめてよ、こんなのって反則じゃない。 ナツが男の子なんだって思い知らされてしまう。 "…つか、あとちょっとだったのに" 何なのよそれ。何でそんな残念そうな顔するのよ。 まるで、あたしに触れたかったみたいに。 ……た、確かにちょっと惜しいことしたかなとは思ったけど。 ちら、とナツの方を見ると、お預け状態の犬みたいにじーっとこちらを見ていて。 ああ、なんかもうだめかも。 こんなナツさえ可愛いと思うなんて、本当に重症だ。 だけど素直にキスしてほしい、なんて言えそうにないっていうか言えるわけないから。 ……だから、お願い。これで気づいて。 深呼吸して、心を落ち着かせる努力をして。 正面からナツを見据えて、それから。 ……目を、閉じた。 見えない状態で少しだけ唇を突き出して待つ。 それが、すごく恥ずかしくて、それなのに、ナツはなかなか来てくれなくて。 ああもう、恥ずかしくって、焦れったい。 何ではやく来てくれないのよ。 もしかして意味がわかってなかったりするの? でも今さら目を開けてナツのぽかんとした顔見るのなんて余計に耐えられないわ! 「っな、ナツ……!」 「…………」 何で無言なの。 もうやだ、耐えられない。 「っはやく……して」 「っ……!」 「キスしたいの……!」 早く恥ずかしさから抜け出したくて、ついに言ってしまったその言葉に。 「煽んなよ、ばかっ……」 そんな自分勝手な言葉と共にようやく降ってきた、待ち望んでいたナツの唇。 焦らされたからなのか、触れた瞬間びりびりって電流みたいに、刺激が全身に駆け巡った。 ……気持ち、いい。 「すっげ……気持ちいい」 ほぼ同じタイミングでナツが口にしたその言葉に心臓が震える。 なんだかすごく幸せかも。 そっと目を開けて、ナツの顔を見る。 そしたら丁度ナツもあたしを見ていて。 「もうさよならなんて言うなよ」 「ん、言わない。……ごめんね」 「いあ、オレも悪かった。仲直り、な?」 そういってナツが指を絡ませてくるから。 二人で顔を赤くしながら 、もう一度唇をよせあった。 ーーーーーーーーーーー ようやく完結……! 長い、長すぎる……! そして結構無理やりまとめた最後でしたが…… やりたいことはたくさん詰め込んだので、まあいっか。(笑) しかしタイトルと真逆の内容で本当に申し訳ないです…… もはや”仲直り”とかでいいんじゃない?ってくらい序盤で”さよなら”フラグ折っちゃったからなぁ…… どうしたって悲恋にはもってけないウチのナツルーと私の文章力。あう、精進致します…… 何はともあれ完結を待ってくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! ← → |