ある種の殺人事件
おれはきっと殺人犯なのだと思う。だっていつだっておれは女どもをメロメロにさせてヘロヘロにさせていた。それはある意味での殺人犯だとおれは考える。おれは頭が良いから絶対にそれが正しいのだ。「だから逮捕して下さい、婦警さん」「拳銃ぶち込んでやろうか」「やだ過激」「お前のナルシスト体質そろそろ直せよきめぇから」「それは公務員の台詞としてどうなの」「知るか」彼女はつれない人だ。けれどおれはめげない。既に彼女は確実におれに惚れているから。「おれは罪な男だなあ」「じゃあ死刑にしてやろうか、あん?」
貴方と白百合
私はきっと貴方を愛していたのだわ。だってもう二度と私を見ない貴方をこの両腕に抱いて涙を流しているのだもの。そうよ、私は貴方を愛していた。やっと分かったのよ。それなのに、どうして貴方は。
雨が止まない
梅雨ってやつは厄介だ。めんどくさいめんどくさい。そうぼやいて田中は溜息を吐いた。田中はどうしてか梅雨を嫌いに嫌っている。そりゃ好きな人間は稀だろうけど、それにしても異常だった。「なんでそんなに嫌いなんだよ」そう聞けば、田中は表情を変えずに言った。「鈴木には分かんねぇよ」予想通りだ。やっぱり、教えてくれないらしい。信用されてないわけではないのだろうけど、きっと田中は無意識に他人を遠ざけている。
曇天
雨が降る。そんな気がする。もう駄目なのよ。深い色の空を見上げれば、彼女の台詞が思い出された。彼女の顔が曇るように、空も深く淀んでいた。彼女にとって彼はきっとそれ程大事だったのだろう。けれど、理解したのだ。終わらせる時が来たのだ、と。私もそれで良かったのだと思う。けれど、だけれども。私はその事実を喜べないでいた。
捨てられた犬
灰色が寂しげに鳴いた。元々は綺麗な白だったろうに、今ではくすんだ色になっている。そっと触れるとがさついていて、嫌がるように身を捩られた。「お前、飼い主はどうしたの」案の定、何も答えない。当然か。「オレのマンションペット駄目なのよ」ダンボールの中の子犬は眠そうに背を丸めた。痩せ細った身体が痛々しい。「…ごめんな」
前触れ
真っ青というには何か足りない。そんな空だった。晴れ渡っているのに、気分が良くなるようなものではなく、ただ静かでもの寂しい空だった。得体のしれない不安、みたいな昔の作家の書くような思いが全身を駆け巡る。何かに怯えるかのように、野良猫は身体を縮めていた。鳥に至っては鳴き声すら聞こえない。何か起こるのかもしれない。なぜかそう思われた。
オートマチックガール
オートマチックの彼女は、歌う事を止めた。彼女の歌が好きだった鯨は、悲しげに一つ鳴いて何処かへ消えていった。真っ直ぐにそびえる向日葵の花弁を見つめながら彼女は涙を流した。オートマチックの彼女は壊れてしまったらしかった。
少年は星になりました
風の強い夜に少年は生き絶えました。青白く輝く月だけが彼を看取っていました。翌朝、少女は彼を見て泣き崩れました。もう二度と温かくなる事の無いてのひらを、彼女は一回り小さなてのひらを両方使って包み込みました。まるで温めるみたいに、強く握り締めていました。太陽は哀しげに微笑みました。
知らない鍵
面倒でしょう、そうでしょう。ならばこちらはいかがでしょう。明らかに怪しいウサギ頭に渡されたのは、小さな鍵であった。あなたの願いを叶えてくれるのですよ。ああ、けれどもあれだけはいけません。なんだよ、そう問えば、ウサギ頭はふふふと笑った。あなたがいちばん、知っているくせに。
答えはそこにあるのか
世界ってなんなんですか。そう問うたのは艶めいた黒髪の少女であった。私と彼女は教師と生徒、それだけの関係。彼女の担当になった事も無く、数回しか話した事が無かった。それなのに、彼女は。世界ってなんですか。廊下で唐突にそう言い放った。