目の前の事が信じられない。どうしよう。 なんで…なんで大野いるんだよ…! 「ちょっともう大璃、びっしょびしょじゃんー!」 「ぇあ、あぁ。ご、めん」 兄貴のその声によって俺は はっと我にかえる。 そうだ、俺が驚いて牛乳を噴いたせいで色々な物がびしょびしょになってしまった。まぁ俺自身も含めてだけど。 その状況をどうすればいいかわからなくてあわあわしていると兄貴は迅速にどっかからタオルを数枚持ってきて。 「ここは僕が拭いとくから、大璃はほら。自分の身体拭いて、大野くんと二階行きなよ」 と、タオルを押し付けられ、半ば強制的にリビングから締め出された。大野と共に。 「…………。」 でも俺は、突然の訪問と二人っきりに緊張と動揺で動けなくなってしまっていて。しばらく沈黙が続く。 「…杉山?」 (………は…っ) 動かない俺を心配したのか、大野が俺に声をかけた。 びくっと跳ね上がったがその一声のお陰で俺の身体の緊張が解けた。 だから俺はその瞬間大野の方を向き、 「ぉっ…大野!なんで急に来たんだ!」 文句を言った。 でもそうだろう。なぜ急になんて来たりしたんだ!メールなり電話なりで今行っていいかぐらいなんで聞けない? と喚く。 「ぁ、いやぁ」 すると、大野はバツが悪そうに頭をかきながら 「杉山、怒ってるのかなって思って」 は?俺が怒ってる? だからそれは、今日水泳でコンタクトをしてなかったからで─……。? 「…あ」 「うん。それはコンタクトでしょ?そこじゃなくて」 大野は俺の心を読めるらしい。正確には、表情を読める。と言った方がいいのか。的確に、当てた。 端からみたら大した言葉も交わしてないのだ。会話が成り立っていないように見えるだろう。 「……あれは…。」 大野が言いたいのは俺が一人で勝手に取り乱して帰った件か。 でも俺は怒って帰ったわけじゃなくて、自分の気持ちがわけわかんなくなっちゃってと言いますか。 …しかし大野からしてみればそんなの知らないしわからない。俺が怒って帰ったと思われても仕方のないことかもしれない。 「ほら俺さ、バカだから知らない内に杉山怒らせちゃうようなことしちゃうからさ。だから今日もなんかしちゃったかな、って」 それで…わざわざそれで来たのか?俺んちに。 ……俺の為に、? 「…ごめん大野。別にお前にキレて帰ったとかじゃないんだ…。ほんと。」 大野の優しさが痛いくらい伝わってくる。俺んちに来ることを連絡ではっきり言わなかったのは、拒絶されたら困るからか。もしかして意地でも謝るつもりだった? お前にイライラなんてこともよくしてたけど今じゃ殆どないんだ。お前は面白くて優しくて友達想いで。 それに今日なんて、もしかしたら逆の方向に向かい始めているかもしれない程。 「だから心配すんなよ、大丈夫。」 俺自身の問題だ。…それなのに心配かけてごめんな。俺は心底から思っていることが伝わるよう、大野の眼を見て、きちんと言った。 すると、大野が表情がぱぁっと晴れて行く。 「そっか…。じゃあ、怒ってたわけじゃないんだな!」 それからほんとに、惚れ惚れするぐらいの満面の笑顔で返してくれた。 「…ぉ、ぉう」 どきん… あぁ、苦しい。 清々しいほどの笑顔をもらっているのにこんなに苦しい。 俺はぎゅっと拳を握る。 きっと今の俺の顔はすごく泣きそうな顔してるんだろうな。 「……杉山…?」 ごめんな、俺のせいで。 でもそんな心配したような顔すんなよ。もっと苦しくなるから。 「……大野、」 「なぁに?」 俺が名前を呼べば、ちゃんと目をみて答えてくれる。 「今、俺泣きそう?」 「うん…。」 少し微笑みながら聞くと、大野は少し困った顔で頷いた。 あぁ、 こんな表情にもどきどきして苦しい。 やっぱ俺……こいつの事好きなんだな。 「はは、なんでだろ」 俺は、なんで大野の事を好きだなんて確信したんだろう。 しかも、友達として好きなんじゃなく、大野を男として、好きなんだ。 …あんな頑なにダメだって思ってたのに。 今の困った顔が可愛かったから?それとも笑った顔が素敵だったから? どっちにしてもそれで迷いがぶっ飛んだ。暖かく微笑む大野を見ていたら、好きになっていてもいいかな、なんて思えたんだ。 「杉山、泣くなよ」 「泣いてねぇよ!」 「でも目尻赤くなってる」 「風呂上がりだからだ!」 ほんとは、 一人だったら泣いてたに違いない。もうわけわかんなくて俺だけじゃあ、もう抱え切れないほどいっぱいいっぱいで。 でもお前がいるから我慢してんだ。 それぐらい…わかれよな。友達だろ…? 「あぁ、もう…。」 俺は少し頭を抱えた。 好きだって。 認めたら、急に心が楽になりやがった。全く現金な俺の心。そんなに俺に認めさせたかったのかよ。 「じゃあ、そんな杉山にプレゼント」 「、え?」 しかし大野は俺の気も知らずに、ニコッと笑うと、 ずっと背中に隠していた片手を俺の目の前に出した。 これは、 「…ケーキ?」 よく、ケーキを買うと入れて貰えるあの箱が今目の前にある。 「ピンポーン!あったりぃ。これ食べて、元気出して」 そう言って、俺にその箱を渡した。 「………これ」 躊躇いながらも開けてみると、中にはショートケーキが2つ。 「大樹さんと食べなよ」 「…………。」 俺は少し迷った。 ここで、うん。と言えば、大野はきっとこれで帰る。 そしたら、こんなどきどきして苦しい思いをしなくて済むんだろうけど。 「兄貴にはいいよ。 大野、一緒に食お?」 もっとこいつと一緒に居たかった。どきどきして苦しいけど、その倍幸せで。 大野が俺の傍にいてくれるのが、すごく嬉しかったから。だから一緒にいたい。 「ぁ、いや、俺は別に…」 でもそんなつもりは無かったのだろう、俺の誘いを断ろうとしてる大野。けど、そう決めた俺は頑固だよ? 「いいから!ここで待ってろ!」 「はぃいっ」 怒鳴りに近い声を出せば大野はピィンっ身体を反応させて。 その反応に笑いながら俺はケーキの箱を大野に預け、フォークを取りに行くためにリビングに戻った。 |