SIDE:流依




正直、戸惑ったし混乱した。
わざわざ、怪我するとわかっていながら飛び込んでくる人間なんか見たことない。挨拶しかしたことのない、今日出会ったばかりの俺の為に。

しかも、自分は怪我してるくせに俺の事をあんなに心配して仕事を優先するなんて。お人好しにも程がある。俺だったら完璧に病院に行っていただろうに。


(…すげぇ…変なやつ…)

俺の身体を心配して、見上げてくる藤田紫は なんだか幼くみえて、少しでも可愛いだなんて思ってしまったせいで一瞬で頭の中がぐしゃぐしゃになった。

こいつは男で、しかも男の相方とセックスするようなやつなのに、目の前にいるやつがそうゆうやつだ、とだんだん認識出来なくなってきたからだ。

でも収録が再開されてカメラを向けられれば、頭が切り替わりそんなくだらない動揺はしなくなった。
だが、事前に録ってあったVTRをスタジオで見ている時に、わき腹をぐっと押さえる藤田紫をモニター越しに見てからは またざわざわと心が乱れた。

皆の手前、大丈夫だと言っていたが 相手は何メートルもある鉄パイプ。そんなものが何十本も倒れてきたら痛いに決まってる。
だからあの時テレビ何か優先しないで病院に行けばよかったんだ。

と自分を肯定するものの、あまり感じた事のない感情が俺を包んでいた。
わかってる…きっとこれは罪悪感だ…。





◇◇◇◇◇





「お疲れ様です。身体は…大丈夫ですか?」

収録が終わるなり鹿が聞いてきた。
「おーう!問題ない!大丈夫や!」と笑顔で身体叩くくらいの勢いで返したいところだが、実際の所じんじんと打ち付けた所が痛いし熱いし、結構大丈夫とは言い難い状況だったので。

「おう、なんとか」

とゆう不安を煽るような返答になってしまった。
そのせいか、鹿は一気に青ざめて俺をおぶって楽屋まで連れていくとかほざくから丁重にお断りしておいた。


身体を庇いながらなんとか自分の脚で楽屋に戻ってきた俺は、
2人きりになった安堵感からか、緊張と体裁の糸がぷっつりと切れ、さっきまで耐えていれたはずの痛みにも耐えられなくなって鹿に抱き付いた。

「ん…やっぱ痛てぇ鹿ぁ」

「やっぱり我慢してたんですね…ほら、服、脱いで見せて下さい」

鹿がそっと抱き締め返してくれて、額にキスもくれた。
俺は、鹿の言葉に操られるかの如く 自らの服のボタンを外し、するりと衣服を床に落とした。


「背中…僕に向けてください」

「…ん」

言われた通り鹿に背を向ける。すると鹿の息をのむ音が聴こえた。

じんじんと痛いそこに鹿の指が優しく滑る。

「っく…ふぁ…」

「赤黒く腫れちゃってますよ…。こんなに…相当痛いでしょう」

そこに唇を近づけ、ぬるりと温かい何かが滑る。何か、なんて言い方をしなくてもいいか。鹿の舌だ。

「ぁっ…んあ…んぅ」

「これじゃあ、当分正常位等のエッチは出来ませんね」

「え…?!ちょ、嫌やぁ…鹿とエッチ出来ひんの嫌ぁっ」

「嫌じゃないですよ。身体の方が大事です。でも…バックとか騎乗とかならもしかしたら」

「っほんと?それなら大丈夫?」

「紫さんの具合にもよりますが」

これで最後、と言わんばかりにちゅっと首筋にキスをして 鹿が離れた。

「それより病院、ですね」

「それよりエッチの事や!」

俺にとってそれは死活問題だ。今は怪我よりもそっちのほうが重大。

できないのは嫌!何がなんでも嫌や!
としつこく鹿に噛み付けば「まず病院に行かないとわかりません」と冷静に押し返された。
…なんやねん!俺より大人振って!俺をエッチ好きにしたん鹿やろが!

と納得など出来るはずもなく内心大荒れ模様だが、背中も本気で痛いので静かに賛同することにした。

するとその時、


…コンコン、
扉がノックされた。

「誰やろ。スタッフさんかな」

「僕が」

そう言って鹿が立ち上がり、扉を開けた。

「…!、流依…くん」

「…どうも…」


するとそこにはあのモデルの流依くんが立っていた。

「っ流依くん、どうしたん?何かあったの?」

突然の訪問に驚きつつも、楽屋内に招く。
だが俺は上半身裸。こんな姿を見せるわけにもいかず、私服をハンガーから外して急いで身に付けた。

が、視線を感じて振り返れば、複雑な表情をした流依くんがこちらを見ていた。どうやら痕を見られてしまったらしい。

…やべ、なんて言うべきか。うまい誤魔化し方が浮かばない。そんな事態に、俺は内心あわあわと慌てるばかり。こんな時にどうすればいいか戸惑うなんて芸人失格だ。

しかしとうとう行き詰まって黙った俺に流依くんがかけた言葉は


「………治療費、俺が出しますから」

「……は?」

俺は耳を疑う。

「もともと、ああなったのは俺のせいなので当たり前ですけど」

治療費を出す?…まず言うことがそれなのか?
その発言に少しカチンときた俺は、何を?と苛立ちも込めて聞き返そうとしたが、やめた。
初対面に近い相手にそれはいけない。だめだ。

なんとか抑え込んで、平然を装った声で言う。

「…そんなんええよ。つか局の方が出すゆうてくれたし。本当、大丈夫だから」

な。と、納得させようとするが、なかなか頭を縦に振ってはくれない。
仕舞いには、じゃあ病院までのタクシー代とか、なんて言いだした。


………このこは…、さっきからなんなんだ。今の子ってみんなこんななのか?
そんな流依くんに流石にブチッとキレた。


俺はどんどん、とでもいうように大股で流依くんに近付いて、胸ぐらを鷲掴んで俺の方へ引く。流依くんの方が背が高いため、彼は中腰だ。
だが構わず俺は大声をだす。

「お前、どっかのボンボンか?!えぇ?!」

「…え、」

「し、紫さん…」

「なんでも金金って…ほんま、今の子供ってなんでも金で解決出来ると思おてんのな!」

明らかに動揺し始めた流依くんと鹿。だが俺はぐっと拳に力を込めながら続ける。

「金じゃない問題だってあるんや!親に習わんかったか?人に何かしてもらったらなんて言うか教わってないん?!」

俺の目をみたまま、流依くんは硬直している。
けど今俺は返事を求めているんだ。黙りじゃないだろ?

「……」

「言うて」

「……あ、…ありがとう…ございました」

ぼそり、と流依くんが呟いた。それを聴いて、俺は途端に眉間のシワを無くして、口角を上げながらそっと流依くんの頭に手を乗せた。

「ええこ。言えば、わかるやんか」

その言葉に、俯きがちだった流依くんが顔を上げた。その表情は、モデルを務めているような鋭い表情ではなく、まるで親に叱られた子供のような表情で。


「…って、急に怒ってわるかったなぁ…。流依くんが金で解決しようとするからつい…。」

つい説教なんて事を…。
けど許せなかったんだ。全部金なんかで解決なんて出来ない。まず謝ったりお礼を言ったりする事が大事だと俺は思うから。

俺はそっと、流依くんから離れた。

「治療費とかタクシー代とか、そうゆうのはええから。まじで。この怪我は、俺が勝手に飛び込んでやったことやし、それで金なんか払わせられん。
っつーことでこれでこの事故の事はおわり!」


ぱん、と手を叩いて気持ちを切り替えた。
が、怒鳴ったり手を叩いたりと無茶に動いたせいで盛大に背中に響き、その場に踞ってしまった。

「…っぅあ…」

「紫さんっ」

「…っ藤田さん」

そうだ…忘れてた。背中打撲してたんだった…。